100連
「…お前は…どうしてこんな酷いことを吐き捨てている奴にそんなことが言える…?」
顔を顰めたまま、フェイケスはエミレスを見つ返す。
「傷ついたんだろう、憎んだろう、恨んだろう……なのに、何故そんな奴に…感謝が言える?」
フェイケスにとって、それは純粋な疑問だった。
彼はエミレスに恨まれて当然だと思っていた。
いっそのこと、憎悪の限り罵詈雑言を浴びせてくれた方が、気が楽だった。
「苦しい想いは確かに沢山あるわ。けれど、貴方に出会えたから…こんな失恋を知れたから……私はようやく、変われそう……だから、その感謝…」
エミレスが無理やり微笑むほどに、フェイケスの顔は顰められていく。
と、彼はエミレスの肩に触れた。
その意外な行動に、エミレスは驚く。
「―――俺はお前を絶対に認めない」
次の瞬間。フェイケスは力任せにエミレスを押し飛ばした。
バランスを崩しエミレスはその場に倒れ込む。
一連の動作を見ていた兵士たちは透かさずフェイケスに駆け寄り取り押さえた。
抵抗することなく、彼は後ろ手に拘束される。
「無様で愚かな女だ、囚われ呪われた感情と力を抱き続け生き続けることに『ありがとう』と許すとは……もっと素直に俺を、全てを憎み呪えば良いだろうに…!」
その口には猿ぐつわとして布が宛がわれた。
それ以降のフェイケスの言葉は、何を叫んでもエミレスに届くことはなくなった。
駆け寄って来たラライの手により起き上がったエミレスは、それでも笑顔を作り言った。
「さようなら…私の愛しい人」
兵士たちにより連行されていくフェイケス。
その何とも惨めで哀し気な背中を見送るエミレスに、ラライは寄り添う。
「―――エミレス…」
無言でいる彼女へ、ラライはなんと言えば良いのかわからなかった。
だが、兎に角何か言葉を出そうとした。
「あー、その…何だ…多分、アイツは…色んなしがらみがあるからこそ、お前の気持ちには答えられなかったんだろう」
それはあくまでもラライの憶測だった。
フェイケスはとても不器用な男だったのだろう。
燻っていた己の感情について、とっくに彼は気付いていたのだろう。
だが、彼はその感情を『妬み』へとすり替えてみせた。
罵声を浴びせ、エミレスに憎まれることで自分と決別させたかったのだろう。
いつまでもエミレスが自分に囚われ続けないようにと、思ったのだろう。
しかし、結局はそんな不器用な想いも彼女には通用しなかった。
何せ、後ろ手に拘束されているフェイケスのその手には、未だエミレスが手当したハンカチが巻かれたままであるのだから。
「…だがな、きっとエミレスの想いは届いている。それだけは間違いないさ」
それはあくまでもラライの勝手な考えだ。
その真相については、本人のみしか知らない。
と、おもむろにエミレスがラライへと振り向いた。
自分の中でやっとけじめがついたのだろう。
その瞳からは涙が零れていた。
そして、その顔を隠すようにラライに抱きついた。
驚くラライを他所に、彼女はか細い声で言った。
「ごめんなさい…絶対、泣かないって決めてたのに…」
ラライは何も応えなかった。
その代わり、優しく彼女を抱きしめた。
両手をそっと包むように、エミレスの背中を抱きしめた。
こうして、後に『白装束の卒爾』と呼ばれることになる王城襲撃事件は幕を閉じた。
首謀者リョウ=ノウは自決し、フェイケスとベイルは取り押さえられた後、国王が直に裁いた。
難攻不落と謳われていた王城や人々には大きな傷跡と衝撃を残した大事件ではあった。
が、時が経つと共にそれは、次第に人々の記憶から薄れていく。
―――時は、かの事件から1年が経った。




