97連
らせん階段を必死に上り続けるエミレス。
こんなに勢いよく階段を駆け上ったことなどなかったというのに、不思議と疲れを感じることはなく。
脳裏に過るのはこの先に待っているだろう彼の顔ばかりだった。
彼がどんな表情でいるのかも、どんな理由で待っているかも容易に予想出来ていた。
だが、その通りの結末が待っているとしても、エミレスはその足を止めようとしなかった。
「フェイケス…!」
らせん階段を上りきったその先は直ぐに屋上であった。
王城の屋上とは違い、そこに庭園などはなく。
何の変哲もない白いタイルが敷かれた簡素な場所。
風は地上にいたときよりも冷たく、エミレスの火照った身体を冷ましていく。
「―――待っていた」
振り返るフェイケスの髪は蒼く靡き、夕陽よりも紅い瞳をエミレスに向ける。
しかしその双眸は太陽よりも冷たく映る。
「せめて最期にお前の兄や義姉を此処で殺す…そうすればショックで力を暴走させるかもしれないだろうからな…」
フェイケスの手には剣が握られており、黄昏と紅色に輝いていた。
彼は迷いなくその剣先をエミレスへと向ける。
「そして、お前の暴走で俺たち諸共お前たちも消える…そのためにお前を此処に呼んだ」
しかし、彼の言葉を聞いてもエミレスに驚きや動揺はない。
真剣にフェイケスを見つめ続ける。
「いいえ…誰も殺めさせないし…力も暴走しないわ」
その言葉は真実を語っているようでいた。
初めて出会ったときに見せたあの怯えていた顔とは全く違う。
決意の顔がそこにはあった。
「じゃあなんだ…俺を殺しにでも来たか」
エミレスは力強く頭を振った。
「私は貴方と話しがしたくて…どうしても話を聞きたくて来たの」
屈託のない双眸に、フェイケスは顔を顰める。
一歩、エミレスが歩み寄ろうとすれば、彼は一歩、後退りをしていく。
「俺はお前と話すことなどない」
切っ先は依然としてエミレスに向けられている。
だが、少しばかりそれは震えているように彼女には見えた。
「……貴方は私を心の傷で暴走させるために近付いたと…全てが偽りだったと言った」
また一歩と近付こうとする。
するとフェイケスはまた遠ざかる。
それはまるで怯えているようであった。
「でも全てが嘘と演技だったとは思えないの。だって…私が暴走を止めたときに見せた顔が……とても苦しそうだったから」
エミレスの言葉を聞いた直後、フェイケスは目を見開いた。
思い当たる節があった―――図星だったという表情だった。
「それは作戦が失敗して動揺したからだ…!」
「それもあるかもしれない。でも、全てを冷酷に演じられた貴方ならきっと…動揺なんかしないで直ぐ逃走していたはず…でしょ?」
それもまた事実だったのか、彼は閉口する。
視線を背け、顔を顰めたままにしている。
「私が来ない可能性もあったのにわざわざ此処に呼んだのも…何か言いたいことがあるからだと思ったの……だから、私は此処に来たの」
「…そのためだけにか?」
「ええ…」
と、フェイケスは更に歩み寄ろうとしていたエミレスへ剣を構え直す。
迷うことなく一直線に、彼は彼女の首筋へと切っ先を向けた。
「驕るなよ、醜女風情が…俺はお前に好意など微塵もなかった。それは事実だ」
冷たく突き刺す言葉。
だが、エミレスは眉尻を下げながらも「それは解っているわ」と苦く笑って返す。
彼女の返答に、フェイケスは暫く沈黙した。
フェイケスには理解出来なかった。
出会った頃の、あの挙動不審さは微塵もなく。
滅多に合わせることのなかった双眸を、真っ直ぐに立ち向かってくる。
どうしてこんなにも変わってしまったのか。
一体何故か。
そう考えていたフェイケスのもとへ、その答えは音を立ててやって来た。
「エミレス!」
らせん階段からエミレスの後を追って姿を見せた一人の男。
フェイケスはあの日の記憶を脳裏に過らせる。
「…あのとき、エミレスの暴走を止めた男か…」
「再度エミレスを暴走させる算段で呼んだつもりなら残念だったな。何度暴走させようともオレが止めるし、元よりもうエミレスは力を暴走させやしない」




