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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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96連

      








「あアアッ! すごい、あついッ!! からだがやげるっ…みだい゛!」


 悶えるように動き、しかし恍惚とした表情を見せるリョウ=ノウ。

 呼吸はみるみるうちに荒くなり、その顔とは裏腹に苦しんでいるように見えた。


「おい、リョウ! 一体何を飲んだんじゃ!?」


 次第に両手足を暴れさせるリョウ=ノウを制止させるべく、ゴンズは彼を羽交い締めにする。

 と、そのときだ。

 リョウ=ノウは突然、その眼、鼻、口、耳からも血を垂らした。

 吹き出る鮮血が、あの液体の正体を言わずとも語っているようだった。


「まさか…毒を…!?」


 咄嗟に拘束の加勢をした兵がそう洩らす。

 だがゴンズは信じられなかった。

 リョウ=ノウが、毒だと理解した上でその液体を飲んだようには見られなかったからだ。


「お前…騙された、のか…?」


 自らの顔を焼いてまで今回の襲撃を決行したネフ族の集団。

 その死すら厭わない彼らの覚悟は、リョウ=ノウの命をも容易く切り捨てたのだ。


「ちが、うッ…フェイケスが……僕をだま、すなんて……だって、フェイケスは……僕の……」


 咳き込むと同時に吐き出される鮮血。

 それがゴンズの頬にまで張り付く。

 

「しっかりしろ、リョウ!」


 ゴンズは急ぎ携えていた水筒を取り出し、リョウ=ノウの口へと注ぐ。

 しかし彼は呑み込むことなく、吐き出してしまう。


「と、うさん…………」


 幻想を見ているのか、彼はそう言うとおもむろに手を上げ、空を掴む。

 何を思っているのか、満面の笑顔を浮かべる。

 そうして、リョウ=ノウはそれを最期に動かなくなった。

 生気を失っていく双眸に、ゴンズは眉を顰める。


「大ばかもんが……」


 ゴンズは人知れずそう呟き、静かに彼の瞼を伏せさせた。








 スティンバルは黒幕リョウ=ノウが最期のあがきをしている最中。

 目的の人物へと近付いていた。


「―――ベイル」


 ソファに座り呆然としたままである彼女へ、優しく声を掛けた。

 しかしベイルはスティンバルと目を合わせようとしない。

 虚空を見つめ続ける彼女は、静かにその口を開いた。


「殺して…」


 思いもよらない言葉にスティンバルは目を見開く。


「私は…貴方のためにと思ってたのに……けど、貴方を殺してしまうところだった……」


 ベイルの発する声は震えていた。 

 だが気丈にもその瞳に涙はない。


「彼らの作戦を知らなかったと、言ってももう言い訳でしかない…こんな王妃としても、妻としても―――義姉としても失格の私なんて、死んでしまった方が良いわ……」


 そう言ってベイルはようやく顔を上げ、スティンバルと瞳を交えた。


「お願い殺して!」


 しがみ付き、真剣な眼差しでベイルは訴える。

 と、彼女の指先がスティンバルの剣柄に触れるより早く、彼はベイルを抱きしめた。

 兵士たちの目も憚らず、優しく抱き締める。

 彼は人前ではいつも『国王』であろうとした。

 『夫』として、公然と抱き締めることなど、あり得なかった。

 故にベイルは驚き、目を大きくさせた。


「…俺はあの日、自分の失った傷ばかり見ていてお前が負った傷に気付いていなかった……本当にすまなかった。もっと早く、優しく声を掛けるべきだった……」





 心の何処かでは、妻が負った心の傷に気が付いていたかもしれない。

 だが、スティンバルは「片目を失った傷」があるからと、全て妹のせいだからと、父を失い突如国王になってしまったからと。

 理由を見つけては逃げて、気丈に振る舞う彼女にも甘えて。

 今の今までベイルの負っていた心の傷と向き合ってこなかった。

 あのときもっと妹も交えて話し合っていたらと、妻を癒すために時間を要していたらと。

 襲いくる後悔にスティンバルもまた震えていた。





「今からでも間に合う。三人で話合おう……そしてまたあの頃に戻ろう」

「無理よ…無理…私は……もう、きっとあの子を義妹として向き合えない…貴方の夫としても努められないわ…!」


 力強く訴えるベイルに、スティンバルは優しく囁き説く。


「夫として、兄として失格なのは俺も同じだ。深まった互いの溝はそう簡単に埋まらない…それでも、やり直したいと願う誠意があれば、その溝も少しは変わるだろうさ」


 無理せず、少しずつ、長い道のりになるだろうが共に付きあってくれないか。

 彼の言葉に、ベイルは憑き物が落ちたようだった。

 直後、その瞳からは涙が溢れ出し、強くスティンバルを抱きしめ返した。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


 声を荒げ、出てくる言葉は謝罪ばかりだった。

 スティンバルはそんなベイルの言葉に耳を傾け続け、泣き止むまで抱きしめ続けた。







   

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