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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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94連

   







 エミレスの力を使用した直後から、違和感はあった。

 可笑しいと、エミレス自身さえも思っていた。

 あれだけの一撃を放ち、門を拉げてみせたというのに、屋敷内からは悲鳴や雄叫びどころか声一つ聞こえてこなかったのだ。

 もしや、驚愕せず息を潜めているのか。

 だとしても、それこそ兵器で反撃やら威嚇射撃やら行ってきても可笑しくはないのだが。


「―――ッ!?」

「こ、これは…!!?」


 その答えは屋敷に入って直ぐ理解した。

 兵器や玄関前にいた白装束の者たちは、その胸元を真っ赤に染めて倒れていた。

 一人や二人ではなく、屋敷の中も同じように皆、命を絶っていた。


「もう息はなさそうです」

「どういうことだ?」

「まさか、自刃したということか…?」


 困惑した兵士たちの声が彼方此方から聞こえてくる。

 だがその動揺はスティンバルも同じであった。

 ろう城したものの、追い詰められた末に自らの命を絶った兵の話というのは文献等で読んだことこそあったが。

 呆気のない彼らの末路に、何処か拍子抜けのような感情さえスティンバルは抱いてしまう。


「なんだ…この顔は…?」


 それは、おもむろに白装束のフードを剥いでみた兵士の声だった。

 彼の驚く声につられ、スティンバルやゴンズたちもその亡骸の顔を覗く。


「こりゃあ、顔を焼いとるようですな…」


 身元がばれないように。

 その素顔が晒されることがないように。

 つまり彼らは始めから決死の覚悟であった、ということなのかとスティンバルは一人息を呑む。

 片やゴンズは彼らのその覚悟に違和感を抱き、眉を顰めていた。





「まさか…この中にフェイケスが…?」


 次々と白装束の者たちが歪な死に顔を晒す中、エミレスは過る不安に顔を青白くさせていた。

 彼らは元の顔が判別できなくなる程―――誰が誰かもわからない程に焼いていた。


「落ち着けエミレス。奴は待つって言ってただろ。それに…こいつらの顔は今さっき焼いたようなもんじゃない」


 恐らく作戦が決行された先日より以前から焼いていたのだろう。

 エミレスの肩を強く掴み、そう説明するラライ。


「オレの予想じゃあの野郎はまだ生きてるはずだ」


 なるべくこの惨状に視線が向かないよう、注意を払いながらラライはエミレス庭の方へと促す。

 気分が落ち着くまでそこで休ませようと、そう思ったときだった。

 突然、エミレスは立ち止まった。


「どうした…?」


 腕を引いていたラライは彼女が止まった反動で身体が揺れる。

 いつになく強い力で立ち止まったエミレスの視線は、庭の花壇へと向けられていた。

 庭園の隅、小さなその花壇には今も強く咲く花もあれば、すっかり枯れてしまった花もある。


「花の手入れは後で良いだろ?」


 エミレスの花好きはラライも知っていたし、この庭園を大切にしていたことも聞いていた。

 そのため、彼女はその変わり果てた様に心を痛めているのだとラライは思った。

 しかし、エミレスの訴えたいものはそれではなかった。


「影…」

「影?」

 

 ラライは顔を顰める。

 夕日が差し込む中庭には丁度、光と影のコントラストが出来ていた。

 屋敷の影が花壇の半分を闇色に染めていた。


「それが一体どうした―――」


 そうラライが尋ねようとしたときだった。

 地面に描かれた影から見えた人影。

 それは屋上に誰かが居ることを示していた。


「おい!」


 即座にラライは屋敷の屋上へと振り向く。

 が、その人影は逃げるように姿を消した。


「あ、ちょっ…待て!」


 エミレスは突如ラライから手を放し、屋敷の傍らにあった階段を上り始めた。

 そのらせん階段はどうやら屋上まで直接繋がっているようだった。

 ラライは急ぎ彼女を追いかける。







   

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