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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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89連

   







 スティンバルやエミレスたちは、偽の命で派兵した精鋭部隊が帰還次第、ノーテルへ向かうこととなった。

 それまでの間、スティンバルはアマゾナイトと警備強化の協議を行うべく姿を消し、エミレスも休息を取るよう言われた。

 彼女もまた、食事も睡眠も充分に取れていない状態であった。

 だが、エミレスはスティンバルの命令を聞くことなく、王城内を歩いている。


「―――なあ、本当に良いのか?」


 おもむろに口を開くラライ。

 尋ねられたエミレスは、散乱する窓や装飾品の破片を率先して片付けていた。


「貴族の方も進んで負傷者の手当てをしていると聞きます。なのに私だけ休むなんて出来ませんから」

「いや、そういう話じゃなくてだな…!」


 思わず大きくなるラライの声量に、エミレスの手が止まる。

 振り返り重なる視線。

 怯える様子のない眼差しにラライの方が目を背けてしまいそうになる。


「ノーテルへ行くってことはあの野郎にも会うってことだろ。どんな結末が待ってるかわからんが…耐えられるのか?」


 直ぐに返答はなく。

 少しばかりの沈黙の後、エミレスは言った。


「ちょっと…着いて来てくれませんか?」


 落ち着き払った、今までに聞いたことないほど凛とした声。

 ラライは顔を顰めながらも静かに頷いた。




 それから、エミレスとラライの二人は屋上庭園へと足を運んだ。

 事件前と変わらず荒れた庭園の中を歩いていくエミレス。

 王城内の騒々しさのせいか、いつの間にか空は日が暮れ始めていた。

 前代未聞の事件から、既に丸一日が経ったということになる。


「昨日までとは打って変わって綺麗な空ですね」


 重い雨を孕んだ暗雲はすっかりなくなっており、月が姿を見せる空には星々が輝いていた。

 ふと一つの植え込みへと手を伸ばし、エミレスは一輪の花へと触れる。


「この庭園もちゃんと手入れをすればあの星空のように綺麗になるでしょうに…」


 エミレスが犯したあの日以来、立入禁止となっていた庭園はろくな手入れもされずにいた。

 しかしそんな環境下でも逞しく咲いていた花々に、彼女は自然と笑みを零す。


「俺が聞きたいことはそういう話でもないんだけどな。昨日より随分と強かに変われたってことは理解した」


 そう言いながらラライはエミレスの傍に歩み寄る。

 彼女は花から手を放すと、ゆっくりラライへと振り返る。

 あんなに背けていた彼女の双眸が、今やこんなにも容易に交わるのだ。

 最早、彼女の瞳に迷いはないようだった。


「私は十年前も、昨日も…この庭園で何かが終わって、変わってしまっていた。力のせいで、感情のせいで…私自身のせいで……」


 エミレスはおもむろに視線を庭園へと移す。

 東屋があった場所。

 寂れ枯れた噴水。

 手入れの施されてない花、廃れた木製のベンチ。

 十年という長い年月封印されていたこの場所は、彼女の心を反映しているようにも見えてしまう。


「…でも私の中で、まだ終わっていないことが…終わらない気持ちがあるんです」

「終わらない気持ち…」

「だから私は…彼が待つと言っていたあの場所へ行かなくてはならないんです」  


 エミレスの中で燻っている気持ち。

 それはラライも薄々勘付いていた。

 だから、それ以上彼が尋ねることはなかった。

 ラライは目を細めたまま、無言でエミレスを見つめる。


「この恐ろしい力のことを考えれば、行かない方が良いのは充分解っています。でも、ごめんなさい……暴走しないように絶対気をつけますから」


 苦く笑った彼女はそう言って深く頭を下げる。

 ラライは深いため息をつき、視線を外した。


「毎度暴走されちゃ敵わん……が、謝ることでもないだろ」


 ゆっくりと歩きつつエミレスから距離を置くと、もう一度だけため息をつき、彼は言う。


「あんなことがあったってのに行くくらいに、覚悟決めてるってことだろ。だったら…オレはエミレスの気持ちを尊重して付いて行くだけだ。何が飛んで来たって絶対に守ってやるよ」


 ラライの言葉に、エミレスは穏やかな微笑みを浮かべ「ありがとうございます」と言った。

 それからもう一度丁寧に腰を折る彼女の姿に、ラライは大げさなため息をつく。

 多くの感情を呑み込んで来た彼であったが、一つだけ解せないことがあった。


「お前さ…オレは目下の人間なんだし、そろそろ敬語は止めろって」

「あ、ごめんなさい…どうしても、あの…癖で……」

「謝るのも禁止って言っただろ。約束しろよ―――オレはお前の家臣なんだから」


 エミレスは少し迷ったように眉尻を下げていたが、暫くした後、相槌を打ち「わかった」と言った。

 顔を顰めていたラライは、その返答にようやく破顔してみせた。 







   

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