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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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82連

   







「…思い、出した……私は…お父様に喜んで…貰いたくて………それで……」


 フェイケスは語った。

 エミレスの虚しい生い立ちを。

 その結果起こってしまった惨劇を。

 ノーテルに追いやられた事実を。

 人々に疎まれ、隠され、否定されている全てを。

 記憶が蘇りつつある彼女を、ここぞとばかりに追い詰めていく。


「10年前、お前は此処で…実の父親を殺した…沢山の者を傷つけた」


 エミレスが倒れ込んだ場所。

 荒れた庭園の中心部、石畳も無い窪んだ更地。

 それは紛れもない、かつて自分の父を死に追いやった東屋の跡地だった。

 

「―――ああ、そうだ。稀少な一族の秘宝を返してくれないか?」


 黒い笑みが、エミレスへとゆっくりと近付く。

 そうして、フェイケスは彼女の首飾りに手をかけた。

 そのペンダントはかつて、彼がエミレスに送った物だった。

 一度は壊されたがキチンと直して、大切に肌身離さず付けていた。


「純度の高いこの結晶石(ロムノーロ)にはエナ(ロム)を吸収する作用があり、それによって力を抑制させることが出来る…だからお前にくれてやった」

「え…?」

「これがあったからこそ、お前は随分な無茶が出来た。これまで力を暴走させず、感情を爆発出来た」


 直後、フェイケスはペンダントを引きちぎった。

 金メッキの鎖は弾け飛び、辺りに散乱する。

 彼の手にはペンダントのトップに飾られていた結晶石が握られていた。


「だがもう不要だ。全てはお前を…この城を墓標とするための準備だったのだからな」

 

 目の前のフェイケスに、もう笑みはなかった。

 顔を俯かせたまま、エミレスと眼を交えようともしない。

 彼の燃えるような紅い双眸は、その手に握られた透明な結晶しか見ていない。


「それじゃあ…私に、優しくしてくれたのは…?」

「全部嘘だ」

「あの夜に、してくれたの、は…?」


 彼は立ち上がり、エミレスに背を向けると言った。


「お前を此処で貶め暴走させるためだけの偽り…それだけだ」


 今までにないくらいの低い声。

 感情のない、氷のように冷たい言葉。

 それは、エミレスの描いていたもの全てを踏みにじった。

 跡形もない程に彼女の心は、音を立てて砕けていったようだった。






「全てのためにも―――今直ぐ此処で消えろ、醜女が」


 辛かった。

 きつかった。

 聞きたくなかった。

 その言葉はエミレスをどんな言葉よりも辛く、どんな凶器よりも鋭かった。

 直後、エミレスは悲鳴を上げた。

 断末魔のような切ない叫びは、恐れていた事態を引き起こした。


「ああぁぁっ―――!!」


 エミレスは体から緩やかな光を発する。

 前よりも緩やかに、しかし確実に閃光は彼女を包み込んでいく。

 悲しみと絶望を帯びた輝き。

 その間にもフェイケスは逃げることはせず。


「これが…神が、俺が求めていた光……」


 球体を描く光の外側から、呆然とその様子を見つめていた。






 ようやく屋上庭園に辿り着いたラライとスティンバルは、目の前の光景に言葉を失う。

 そこには閃光の球体があった。

 スティンバルは瞬時に記憶を呼び起こす。

 間違いなくその輝きは10年前に見た恐怖の光景そのものだった。


「エミレス!」


 スティンバルは無謀にもその輝きへ飛び込もうとした。

 が、彼の肩を掴みラライが制止する。


「国王が無謀にも程があんだろ!」


 ラライは力任せにスティンバルを引き倒した。

 スティンバルは尻餅を付き、その場に両手をつける。

 しかし、彼はめげずにまた起き上がると光の中へ飛び込もうとしていた。


「俺が行かなければならないんだ! 今度こそエミレスの手を取らなくては……あの日の後悔を二度も味わいたくはない!」


 この場所に来てから、スティンバルの左顔の傷がずっと疼き痛んでいた。

 過去の傷が、後悔の暗闇が、彼を光の中へと駆り立てる。


「だからと言って国王を飛び込ませられんだろが!」


 光の球体は徐々に膨らみ、辺りを包み込んでいた。

 このままではこの庭園全体―――それどころか、王城さえも巻き込まれる危険性があった。

 逃げ場のない状況ではあるが、だからと言って国王に危険を冒させるわけにはいかない。


「オレが行ってアイツを引っ張ってくる」

「君には関係のないことだ! これは我ら兄妹の問題であり、王家の問題―――」


 そう言いかけたところでスティンバルは意識を失う。

 彼の首側部にラライの手刀が当たったのだ。

 国王にして良い行為ではないが、緊急事態故の対応だった。


「悪いな。始めからアンタには道案内で来てもらっただけなんでな…」


 ラライはスティンバルを庭園壁際まで担ぎ運ぶと、直ぐに踵を返し光の球体へ向かった。

 枯れ果てた茨の植え込みをゆっくりと包み込んでいくそれは、白くも不気味な生き物にラライは見えた。

 近付く程、彼の足は反発するように重くなり、泥沼の中を歩くような感覚になる。

 体中は荷を背負わされているように重くなり、何故か息も荒くなった。


「くそっ……何やってんだよ…馬鹿が……」


 そう舌打ちを洩らした直後、ラライは光の中へ迷わず飛び込んだ。

 国を救うため。

 この事態を早く終わらせるため。

 ―――なんて、そんな正義感からではない。

 彼女を一刻も早く、この冷たく白い空間から救い出すためだった。







   

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