表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
15/353

13話









 煙が静かに晴れていく。

 全てではないが、互いの顔くらいは臨めそうなほどに。

 そして相手と瞳が交わった瞬間。

 それが勝負の瞬間だろうと、アーサガは予測していた。

 どちらが早く撃つか。この命がけの勝負はそこに託されていると。

 彼はそう予想していた。

 すると、煙の向こうから高い声が聞こえてきた。

 その声は未だ目視出来ないはずのアーサガをあざけ笑うかのようだった。


「はははっ、ずっと会いたかったよ…どす黒い悪魔め…!」


 女の声。

 それを聞いた直後、アーサガの手は無意識に、微かに震えてしまった。

 と、次の瞬間。

 アーサガの真横を、風が斬った。

 暫くの間を置いて、ようやく呑み込んだ息。

 白煙の隙間から僅かに覗けたその顔は、やはり彼が想像していた人物だった。

 二人の刹那の戦いを後目に、煙はゆっくりと晴れていく。

 煙の中で対峙したまま、二人のこう着は続く。


 


 一方でナスカは、大きな目を瞬きさせることなく一部始終を見守っていた。

 だが銃声が聞こえた瞬間、彼女の鼓動は大きく高鳴った。

 

「パパ」


 しかしそれでも彼女は泣き叫ぶこともせず。

 父の無事を祈り続ける。

 と、ようやく煙が晴れ、二人の姿が見えた。

 父親の無事を確認できた喜びと同時に、彼と対峙する女性との共通点に気付き、ナスカは思わず呟いた。


「パパと同じ…」

 

 沈黙を続けながら銃口と双眸を交え、向き合う二人。

 グリップの握り方、銃の構える角度、足の開き具合。

 構え方全てがまるで鏡のように共通している―――同じであったのだ。


「ジャスミン。やっぱりてめえが…ディレイツだったのか…」

「ああ。無能なアンタがよく分かったね…」

「―――破壊された“負の遺産”ってやつには共通点があった。それを知って敢て襲うぶっ飛んだ奴なんててめえくらいしかいねえよ」


 アーサガの言葉を聞き、ジャスミンと呼ばれた中年ほどの女性は金髪の髪を揺らし不気味に笑う。 

 その一方でアーサガの表情には余裕などなく、額からは汗が滴り落ちていく。

 彼は珍しく、狼狽えるほどに気圧されていた。

 それを知ってか知らずか、ジャスミンは笑みを浮かべたままでいる。

 

「久し振りの再会だってのに、見逃してくれる気はないんだねえ」

「はっ…どす黒い悪魔と呼んでおきながら何を…それにてめえは罪人だ。見逃すわけがねえだろ」


 挑発的な彼女の口振りに負けじと、萎縮する気持ちを奮い立たせながら、アーサガは全神経を目と指先に集中させた。

 呼吸さえも忘れ、意識を彼女に向ける。


(勝負は一瞬か……だが、何時くる…?)


 いつ撃ってくるかはわからない。

 ならばそれより早く、今のうちに引き金を引けばいいか。

 だが、それでもし彼女に当ててしまったら―――。

 彼のそんな自問自答が、不意に脳内で繰り返されていく。

 彼の一瞬の迷い。

 その一瞬の隙を逃すまいと、ジャスミンは次の瞬間、八重歯を剥き出した。





「パパっ!」


 ナスカの悲鳴がアーサガを我に返す。

 と、同時に彼の手が僅かに震えてしまった。

 娘の声による完全な動揺であったが、ジャスミンはその油断には気付かなかった。

 何故なら彼女も同じく、壁の隅から現れたナスカに動揺を隠せないでいたからだ。


「あれは―――なるほどね。あれが…」


 ジャスミンは一瞬だけ驚き、笑みを解いてしまう。

 が、すぐさま少女の正体を察し、再度不敵な笑みを零した。

 彼女の吊り上がった口角にアーサガは顔を青ざめ、ようやく吐き出せた息と共に叫んだ。


「出てくんじゃねえ!」

「!?」


 脳天から足の先にまで轟くような父親の怒声に、ナスカは竦み上がる。

 まるで彼女の時間だけが止まったかのように、頭を引っ込めることも出来ず、体を震わせながら停止する。

 愛娘を案じる父親。

 その隙を逃すまいとジャスミンは、焦りの色を隠せないでいるアーサガへ引き金を引いた。

 が、彼はそのタイミングで来るだろうと彼女の行動を読んでいた。

 対峙した大抵の相手は弱点である娘を見て、その隙を狙う。

 アーサガはこれまで、そんな相手を逆手に取って、返り討ちにしてきていた。

 今回もいつも通り、ジャスミンが引き金を引くタイミングはナスカの登場によって予測することが出来た。

 出来てはいたのだ。

 ―――だが、しかし。




 ズドンという轟音が耳に残る。

 発砲の瞬間を目の当たりにしたナスカは、声なき悲鳴で叫ぶ。

 アーサガを狙った刹那の一撃は彼の真横を掠め、僅かな髪の毛先を散らせた。

 その銃弾は後方の壁に撃ちつけられた。

 対するアーサガは銃を構えていた。

 引き金に手も掛けていた。

 撃ってくるだろうことも予測していた。

 しかし、いつもは出来ていた反撃を、彼は行うことが出来なかった。

 彼女へ銃を、撃てなかったのだ。


「大丈夫、簡単に楽にはしないさ。アンタはね…アンタの大切なもの全て奪ってから逝かせてやるつもりだからねえ」


 アーサガは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

 逆らえず。

 抗えず。

 何も出来ずに。


「く…そ…っ!!」


 それまで忘れていたらしく、呼吸が、動機が、汗が。

 直後、堰を切ったように襲い来る。

 激しい呼吸に肩を揺らし、胸を押さえながらアーサガは滝のような汗を流した。


「もしもアタシを捕まえたいんなら『奈落を交わす場所』へ来な。いつまでも待っててやるよ」


 息も絶え絶えといった様子のアーサガへ、ジャスミンはそう言い残す。

 そして、白煙の向こうへと消えていった。

 

「パ…パ……」


 しんと静まり返る室内。

 ナスカはアーサガの身を案じ、すぐにでも彼のもとへ駆け寄りたかった。

 しかし、言われたのだ、父に。「来るな」と。

 だから駆け寄ることはしなかった。


「けほっ…けほ……パパ……」


 次第にナスカの意識は薄れていき、静かにその場へしゃがみこんだ。

 父の名を呼びつつ、ぐったりとした彼女は瞼を閉じた。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ