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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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77連

   







 『エナ』という言葉には聞き覚えがあった。

 今でこそ聞き馴染みのなくなってしまった言葉。

 それはかつて、アドレーヌ女王が使ったとされる奇跡の力のことだ。

 エミレスが愛読していた伝記において『エナ』という力は、世界を戦乱の世から救ったと記されていた。

 そして、それを切っ掛けに突如としてこの世界に出現したアドレーヌの恩恵。

 それこそが『エナ』というエネルギーなのだと書かれていた。

 




「私に…エナが…?」


 余りにも唐突な展開に呆然としてしまうエミレス。

 だが、それも無理はなかった。

 彼女は自分に備わってしまっている力のことを全く知らなかった。

 教えて貰ったこともなければ使った記憶もない。

 

ロム(エナ)は、世界の万物に蓄積された力…本来は微弱なエネルギー物質だが、多量に集まると危険な力へと変貌する」


 アドレーヌ女王の奇跡によって世界中に満ち溢れた『エナ』。

 しかし、(イニム)においてそれは、新たな終末を誘う要因となったと言い伝えられている。

 フェイケスは淡々とそう語る。


「その事実に気付いたのだろう王国の者たちは『エナ』の研究を止めた」 


 エミレスもその辺りの知識ならば、本などを読んで知っていた。

 エナ技術の研究は80年程前に消えてしまい、今も禁忌とされていると。

 しかし、穏やかに戻りつつあったフェイケスは突如顔を歪める。 

 

「―――だが、王国は研究を続けた! そしてお前のような過ちを生み出してしまった!」











「―――あれから…19年になるのか…」


 階段を上る最中、おもむろにスティンバルはそんなことを呟く。

 と、思わずラライの足が止まる。

 前方を歩くスティンバルが先に止まったからだ。


「おい、思い出話なら走りながらしろ。今は一刻一秒でも早く駆けつけるのが先だ」


 顔を顰めるラライを一瞥し、スティンバルは改めて駆け出す。

 階段を上りながら、彼は話を続けた。





「今では禁忌とされているエナの研究を…国が水面下で手を付け始めたのは数十年前からだ。公表は一切されず『エナ』に関する実験は繰り返されていた」


 スティンバルの言葉にラライは耳を傾けつつ、彼に続いて階段を駆けていく。

 上階へ上がるにつれて砲撃や火の手は無く、まるで二人を導くかのようであった。


「…その過程で、アドレーヌ女王のように『エナ』を生み出せる人間はどうすれば誕生するのか。という実験が行われ始めたのが…20年前のことだ」

「…伝説の女王の二代目でも作りたかったのか? 大層なことだ」

「いや、それは違う…!」

 

 そう反論したものの、何故かスティンバルはそれ以降口を噤んだ。

 詳しく尋ねるつもりは毛頭なかったラライであったが、その後ろ姿からは言えない事情があるように感じた。


「とにかく……その実験の一つとして『エナを胎児に与える』という実験が行われた」

「胎児に…?」

「母体に居る頃からエナに馴染ませられれば、大量のエナを宿した子が生まれるのでは―――そんな稚拙な屁理屈から生まれた実験だ」




 

 実験の内容は至って単純で、子を宿した母親に『エナ』の結晶体を摂取させると言うものだ。

 と、言葉にするだけならば簡単なことだが、元々『エナ』には莫大なエネルギーが備わっており、それを人体が摂取すると全身に激痛が起こり、耐えようのない苦しみにより高確率で命を落とす。と云われてきていた。

 つまり、『エナ』と言うエネルギーは、生命を奪う猛毒となりうるのだ。


「被験者ほぼすべての母親が胎児と共に命を落とした……が、その過程でたった一人だけ母子共に生き残り、更には体内に大量のエナを宿していた子供が生まれた」

「それがエミレス…」


 スティンバルは「ああ」とだけ答える。

 徐々に上がる心拍数と呼吸を抑えつつ、ラライは彼の話に耳を傾け続ける。

 スティンバルも同じく呼吸が荒くなってきているが、構わずに語る。


「エミレスは『エナ』の扱い方を解っていなかった。当然だ…誰も扱ったことのない未知のものを、ましてや幼子にどう教えろと言う…」


 そのため、エミレスに『エナ』のことはあえて告げないこととなった。

 成長し、理解が出来る成人になってから告白するという結論に至った。

 しかし、それが大きな過ちだった。

 国王や研究者含め、誰も『エナ』の無邪気な恐ろしさを知らなかった。

 その結果があの日―――過去の大惨事を起こしてしまった。


「その辺はオレも知った話か…色んな意味で気分の悪い事実だった」


 静かに口を閉ざし、それからスティンバルは何も言わなくなった。

 黙って階段を上りながら、彼は時折、その傷ついた片目に触れる。







   

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