69連
王城内資料室。
ラライの姿がそこにあった。
昨晩、王都内の宿で一夜を明かした彼は日が昇ると同時に登城していた。
待ちかねた跳ね橋が下りるなり、一目散に資料室へ足を運んだのだ。
通常ならばエミレスの部屋を訪ねるところではあるが、あまり気乗りがしなかったため行かなかった。
否、ラライは行けなかった。
彼女に会おうと思うと、どうしても昨夜のあの光景が頭に過ってしまうからだ。
後で会えば良いだけだ。
そんな気持ちで先送りにした結果、ラライは資料室へと来た。
そうして念のため人払いをして探しているわけだが。
「ったく面倒だ…『レーヴェンツァーンの花』なんて本、全っ然ないだろうが…」
おもむろにそうぼやいては棚の本を手に取る。
ラライは早速虱潰しに『レーヴェンツァーンの花』という題の書物を探していた。
が、どこを探してもそのような名前の本は見つからなかった。
一冊一冊書物や資料集を確認してはそれを傍らの机に置いていく。
お陰で机は積み重なった本で埋め尽くされていた。
「…そもそもこの間一週間も掛けて調べ尽くしたってのにそんな名の本なんざ見なかった…やっぱ騙されたってことか……くそっ」
思わず漏れ出る愚痴と舌打ち。
ラライは近くにあった椅子へと乱暴に腰かけた。
その弾みで傍の床上に重ねていた本の山が崩れてしまったわけだが、気にすることはなく。
彼はぐったりと項垂れた様子でため息をついた。
早朝から時刻は既に昼過ぎへと経過していた。
「だがあのじいさん…嘘をついていたようにも見えなかった…」
昨日訪ねたあの老人はラライに「託した」と言った。
とても騙そうとするような言い回しには思えないと、ラライは考える。
「何処にあるってんだよ…あー、面倒だ…」
眉を顰めながら呟くラライ。
と、彼は不意に前回の捜索中に見つけた本棚の違和感を思い出した。
「そういや…!」
窓の光も入らない最奥にある、一番古い木製棚。
その最下段に違和感はあった。
元よりその木製棚には鼠返し用の脚が作られており、強度を上げるためか更に板がはめ込まれていた。
だがその嵌め板が、ラライには不自然に見えたのだ。
「補強の板にしちゃあ随分お粗末な材質だし、洒落た棚の割には簡素な彫刻だと思ったんだよな」
案の定、湾曲を描く飾りの溝に手を掛けると、はめ込まれていた板は容易く外れた。
横に倒した本ならば、隠せるような空洞。
そこにはいくつもの古びた書物が隠されていた。
中にはアドレーヌ王国建国時のものだろう書物もある。
そのどれもが歴史的重要性の高いものであることは、ラライでも直ぐに理解出来た。
だが、ラライにとってはそのどれもが大したものには見えない。
彼にとって重要なのはその中のたった一冊だけなのだから。
「あった……」
それは図鑑のように大きく分厚い本だった。
ずっしりと重い黒色の表紙を、ラライは丁寧に捲る。
と、彼は思わず顔を顰める。
見た目とは裏腹にどうやらそれは手記らしく、一頁目には『レーヴェンツァーンの花成長日記』と書かれていた。
「絵日記…か、これ…?」
まるで子供が描いたイラストが一頁ごとに貼られており、文字も随分とあえて拙く書かれている。
思わずこの本を投げ捨てたい衝動に駆られるラライであったが、それを押さえつつ次の頁を捲った。
『アドレーヌ暦0269年 23の月、5、・・・今日のレーヴェンツァーンはとてもいつも通りだ、太陽や仲間たちに触れ合って元気でいる。』
『アドレーヌ暦0270年 4の月、17、・・・今日は彼女の誕生日、皆に祝福されてレーヴェンツァーンはいつも以上に元気。』
『アドレーヌ暦0272年 12の月、2、・・・レーヴェンツァーンから月が欠けた。彼女は悲しげにしょげているが、仲間たちに気づかれないように笑ってた』
そういった文面がイラストの下に書かれており、まさに絵日記そのもの。
ラライは何か手がかりがあると信じて目を走らせていたが、まったく得られる情報はなく。
それどころか、どう見ても普通の絵日記にしか見えない故に苛立ちが募るばかり。
次頁も大した内容でなかったならば、読むのをやめようと決めたときだった。
頁を捲った瞬間、ラライは目を大きく見開いた。
以降の頁から、これまでとは明らかに異なる―――血のように赤い文字で綴られていたのだ。