60連
「―――嫌だっつっても、洗いざらい吐いてもらうからな…じいさん」
整った黒のセミロングが揺れ、ラライは鋭い双眸を見せつけるようにしてそう言う。
が、しかし。
彼の正面で椅子に腰かけている老人は、そんな眼光に動じる様子もなく。
手にしていた紅茶を悠長に啜って見せた。
わざとらしく豪快な音に、ラライのしかめっ面がより一層と険しくなる。
と、その老人は口から湯気を出しながら、言った。
「言えんもんは言えんよ…」
「既に退職しちまって、誰に咎められるわけでもないだろうに随分と口が堅いんだな」
低く、凄みを聞かせた声で迫るラライ。
だがそれでも老人は一向に語り出すことはない。
それどころか、渋った顔をしながら紅茶をカップに注ぎ直していた。
例の青年兵士から聞いた情報を頼りに、ラライは彼の祖父だという老人のもとを訪ねていた。
王都の南端、賑わいある中心部から外れたその区画は主に農業関連を生業とする者が多く。
その老人も王城のお勤めを辞めた後、畑を耕しつつ残りの余生を謳歌しているようだった。
「ということは、口止めでもされてるってか? うちのじいさんと言い…何があんたらの発言を邪魔してるんだ、国王の勅命なのか…?」
しかし、わざわざ訪ねたというのに老人の答えは「言えない」の一言。
ようやく手に入れた手掛かり故、このまま帰る訳にもいかず。
ラライは日が暮れた今もなお、粘り強く説得したり凄みを利かせたりしていたわけだった。
「良いか、ラライさんとやら…世の中には例え金を積まれたとしても、脅迫されたとしても…それでも守らねばならぬものもあるのじゃよ」
「あー、それは重々承知してる。うちのじいさんですら口を割ろうとしないくらいだ…だが、それほどの秘密がエミレスにあるってのか? あいつはどう見てもただの卑屈な深窓の令嬢ってやつだろ」
老人はため息交じりにカップをテーブルに置いた。
カップの中で紅茶が静かに波を立てる。
「……では逆に問うが、ラライさんは何故そこまでしてエミレス様の秘密を知ろうとするのじゃ? 単なる好奇心か…それとも、それを利用して国でも脅す気か…?」
ラライは顔を顰め、老人を見つめる。
好奇心なんかじゃない。と、彼は即答できなかった。
始まりこそゴンズに言われたからではあったが、エミレスの秘密が気にならない、と言えば嘘になるのも事実。
今ではこの秘密に辿り着くことこそが、彼女に近付けられるような気がしてならなかったのだ。
(―――って…オレがあいつに近付けたとして何になるって話だが……)
そんなことを思い、ラライはひっそりと苦笑を洩らす。
それ以上自分の気持ちに問うことを止めたラライは、おもむろに口を開いた。
「…オレはエミレスを腫れもの扱いしたり嘲笑の種みたいにしたりする城の連中を変えてやりたい。そうして、エミレス自身を変えてやりたいんだ―――だがその隔たりを無くすにはお姫様の秘密を知る必要があるらしい。だから知りたい」
老人はラライの双眸を真っ直ぐに見つめる。
脅しも迷いもない、真剣な彼の瞳を見た老人は、ようやく静かに頷いた。
老人はどっこいしょと掛け声を上げながら席を立つと、窓辺まで静かに歩き始めた。
すっかり夜も更け始めた外では、酷い雨風が叩きつけるように降っていた。