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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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58連










「どうぞ…」


 エミレスがそう言うよりも早く、ベイルは部屋の中へと押し入る。

 それから迷うことなく、彼女はソファへと腰を掛けた。


「懐かしいわね、ここ…」


 思わず出た言葉。

 それにはベイル自身も内心驚き、急ぎ口を閉ざす。


「お義姉様専用の席でしたものね…」


 エミレスがそう言うと、彼女は「そうね」と素っ気なく返した。

 座り過ぎたせいで少しばかり凹んでしまったソファ。

 紅茶のカップを落として出来てしまったシミ。

 本来ならば直ぐに取り換えるべき傷や汚れであったが、部屋の主であるエミレスがこのままで良いと言って残していたことをベイルは思い出す。

 そのうち、エミレス自身がこの王城から出て行ってしまったため、ソファだけでなく部屋の至る所があの当時のままで残されることとなった。

 ベイルにとってそれはとても懐かしくもあり、とても心が痛むものでもあった。




 ポットを手にしたベイルは、手際よくテーブルに並べたティーカップへ紅茶を注ぎ始める。

 ベイルの向かいのソファへと恐る恐る座るエミレス。

 彼女は当然の疑問を、恐れつつもベイルに投げかけた。


「どうかしたのですか…?」

「どうかって、どういう意味?」


 しかし投げかけた疑問を質問で返され、言葉に詰まるエミレス。


「えっと…その…」


 エミレスはこの王城で暮らすようになってから、ベイルに苦手意識を持つようになっていた。

 感情の起伏の激しさは昔からであったものの、別れる前の彼女はもっと世話焼きでお節介焼きな―――本当の姉の様な人だとエミレスは記憶していた。

 だが、今のベイルにはただただ冷たい感情しかない。

 彼女から接触してくることなど、城に来た日以来なかったため、どう会話をして良いのかわからなくなっていた。


「…あの…」


 エミレスが言葉選びに困っていると、ベイルの深いため息が聞こえてくる。

 その吐息に竦んでしまい、エミレスは思わず口を閉ざしてしまう。

 静寂となる室内。

 反するように外では雷雨による轟音が聞こえ続けていた。


「―――どうしても…貴方に言いたいことがあって来たのよ」


 緊張感を和らげてくれるような温かで優しい湯気と香り。

 ベイルはその紅茶を一口飲み、続けて言った。


「ずっと…ずっと言いたかったの………私が、貴方を嫌いだってこと…」

「えっ…」


 エミレスは目を大きくし、ベイルを見つめた。

 そのひと言はまさに青天の霹靂に近いものだった。

 聞き間違いかと耳を疑い、信じようとはしなかった。

 急速に顔面蒼白となっていくエミレスを見つめ、ベイルは微笑み更に告げる。


「だって…貴方って醜いでしょ?」

「…!!?」


 声にならない悲鳴を洩らすエミレス。

 しかしその悲鳴は無情にもガラス窓の揺らぐ音にかき消される。


「私ね、醜い子が嫌いなのよ。何そのそばかす。可愛くもない顔して…体型も昔より太ってんじゃない?」


 聞きたくない言葉が続き、エミレスの表情はより一層と曇っていく。

 これが夢ならばどれほど良かったことか。

 顔は急速に熱を持ち、瞳から自然と涙が溢れ、零れ落ちる。

 そして、搾り出せる精一杯の声で反論した。



「なんで…急に、そんなことを……?」

「決まってるでしょ?」

 

 ベイルは即答した。

 そして紅茶を一口飲み、口早に声を荒げた。


「私は醜い貴方がずっと嫌いだった。これが妹になるのかと思うと、最悪だったわ………別邸で暮らすことになったときはせいせいしたくらいよ! でも…貴方がこうして戻ってきてしまった。部屋に引き籠っていたままなら未だ可愛げもあったけれど……最近はろくな努力もせず醜いままのくせに、周囲にちやほやされて自分は前向きに変わったと思い込んでいる……私はそれが許されないのよ!」


 エミレスは俯き、涙を流し続ける。

 寒くもないのに体中の体温が奪われていくように感じた。

 凍えるように震える唇で、エミレスは言う。


「ひどい……」


 それは自然と出てきた言葉だった。

 何とか気丈に保っていられるだけ、エミレス自身でも奇跡だと思った。

 いつこの心が崩壊し、感情が爆発してしまうか―――逃げ出してしまうか、彼女にもわからなかった。

 なのに、ベイルの罵声は未だ止みそうになかった。

 

「…は、ひどい? それは貴方の方でしょ!?」


 怒りの表情を見せ始めるベイルは、持っていたカップを叩き割る勢いでテーブルに置き、声を荒げた。


「貴方が何をしたかわかってるの? 貴方があの日、何をしたのか……私は貴方を許してはいないの! 絶対に許さないんだから!!」









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