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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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11話









 旧王国時代―――この地域がまだクレストリカ王国という名で呼ばれていた頃、スラム街道と人々から呼ばれていた道があった。

 城下町から国境付近へと続くその街道には、まるでそこが一つの町かのように露店や商店が建ち並んでいた。

 一見普通の賑やかな街道にしか見えなかったというが、実際は闇の商売――怪しい賭博や密売、闇ギルドといった商いが横行していた場所だった。

 どんなに怪しく悍ましい商売や仕事でも、この街道ではそれらが一般的に取引されていた。

 勿論、そんな闇商売を根絶するべく王国側は手を尽くし努力こそしていたのだが、他国との戦争激化によって次第に政策は低迷。

 街道は結局、王国から見捨てられた無法地帯となってしまったのだ。

 だがしかし、それは過去の話。

 新たな国家が誕生してから14年が経った今。

 当時の様子は見る影もなく。

 表裏のない健全な店が並ぶ、煌びやか街道へと生まれ変わった。

 はずであった。




 元スラム街道という不名誉な呼び名で定着してしまっている、カラメル街道。

 その街道に並ぶ一軒の店が火の手を上げていた。

 近隣をも巻き込むかと言うほどの大火はパキパキと爆ぜ音を立てながら建物を燃やしていく。

 昼間と言うこともあり、周辺にいた者たちは野次馬と化しそんな現場を大きく口を開けて眺めていた。


「下がって下がって!」

「消火部隊は周辺の建物にも気を配れ。救助部隊は準備が整い次第突入だ!」


 騒ぎを聞きつけたアマゾナイト軍は上官である男の指示の下、それぞれ迅速に消火活動を行っていく。

 と、そこへ地面から伝い轟く音が近づいてくる。

 アマゾナイトたちはその音に気づき、近付いてくる黒い影を見つけるなり不謹慎ながらも口角をつり上げた。


「アーサガさん!」

「漆黒の弾丸だ!」


 火の手が届かない通りの反対側にエナバイクを止めるアーサガ。

 顔なじみであるアマゾナイト軍人が近づいてくるのを目の端で捉えながらも、彼はヘルメット越しにその炎をじっと見つめていた。


「パパ…パパ」


 たった数秒のことかもしれないが、見つめ続ける彼の横顔をナスカは心配そうに眺める。

 小さな声で父の名を呼びつつ、彼女は静かに、しかし力強く彼の服を掴む。


「状況はどうだ」

「何せこの『ヤソ』って店…どうやら酒店のようで。爆発したのかみたいに火の手は一気に広がっちまいまして。あ、店主等の被害者は既に避難してますよ」


 アマゾナイト軍の男はそう言うと消火隊が持ち出して来た消火装置をちらりと見つめ「後は消火まで時間との問題です」と答えた。


「ヤソ……賭博と快楽…か」


 アーサガは人知れずそう呟いた後、改めて近くに居た軍の男へ尋ねる。


「例の…ディレイツってのはどこだ?」

「ああ、そのことですか……それがどうやらですね…」


 男がそう言いながら酒店の奥を眺めると同時に、アーサガがバイクから飛び降りる。

 ヘルメットを外した彼の黒い双眸は、アマゾナイト軍の男が見つめていた場所と同じ方向へと向けられていた。

 ただ一点を迷いなく見つめるアーサガの横顔を見やり、男はまさかと顔を強張らせながら尋ねる。


「中に入る気ですか!? いや…せめてヘルメットはしてた方が―――」


 何度か彼と行動を共にした事のある軍人は、こうなると彼はどう反対しようとも危険と解っていても飛び込んでしまうことを知っている。

 彼がどうしようもない無鉄砲―――漆黒の弾丸であることを知っているのだ。

 だからこそ下手な制止も出来ず、せめて安全面からヘルメットをするよう促そうとする。

 が、しかし。


「パパ、パパ、パパ」


 男の忠告はナスカの澄んだ声によってかき消されてしまった。

 娘の声はアーサガの耳にも届き、無視することも可能だったろうがそんなことなど出来ず、彼は強く頭を掻きながら娘の方へと振り返った。


「どうした?」

「ナスカも行く」

「炎は流石に危険だ、待ってろ」

「いや、行く。行く」


 視線を逸らすことなくナスカは真っ直ぐにアーサガを見つめ続ける。

 こうなってしまっては梃でも動こうとしない、付いて行くと言えば絶対に付いてくる。それがナスカだ。

 それをアーサガは良く知っている。

 何せ自分の分身とも思えるほどの娘だからだ。


「火傷には気をつけろよ!」


 深くため息をつき、彼はそう叫んだ。

 少女は嬉しそうに微笑むと急いでヘルメットを取り外す。

 それから戸惑う事も無く、二人は炎に向かって走り出した。


「ちょちょ、何やってんですか!? 娘も連れてくって…!」

 

 当然アマゾナイト軍の男は暴挙とも取れるアーサガ親子を制止するべく叫び声を上げる。

 が、それを素直に受け止めるわけもなく。

 止めようにも彼らは素早い動きで人混みの中へ紛れ込んでしまった。


「せめて、ヘルメットはしないと…!」


 苦し紛れのような男の忠告も、最早届く事はなかった。









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