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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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57連









 その夜。

 就寝前であったエミレスは、日課となっているある作業をしていた。

 寝間着姿のままテーブルの前に座り、紙とペンを手に取る。

 それは、手紙を書くということだった。

 その日あったこと、行ったこと。

 頑張ったこと、後悔したこと。

 次に頑張りたいことを、ある人物に宛てて書いていた。

 しかしその手紙は絶対に相手へ届くことはない。

 送ることのない、書かれるだけの手紙だった。





 *





 今日はとても明るい日だったわ。


 貴方もこの青空を見ているのかしら。


 私は今日も自分から進んで部屋の外を出てみたの。


 たまにすれ違う方々の視線がまだとても気になるけれど…それでも自室へ逃げないようにしているわ。


 自分で言うのも可笑しな話だけれど、最近はよく頑張れていると思う。


 本当は全然大したことなんかないんだけど…でも、ラライが「そう思った方が良いんだ」って言っていたから。




 ラライというのは私の友達。


 フェイケスの次に出来た友達よ。

 

 彼も辛い思いをしてきた人だから、フェイケスともきっと友達になれると思うわ。




 私がこうしてこんなにも頑張れるのは…本当はね、フェイケスを想っているからなの。


 貴方のことを想うととても元気が出る。


 貴方に会うためだと思えばどんな苦しいことも足が軽くなるの、


 貴方のくれたペンダントは、今も宝物として肌身離さず首に掛けているわ。


 ちょっと一時壊れてしまったけれど…ちゃんと直して貰ったから大丈夫!


 これでずっと貴方を思っていられる。




 …出来ることなら、私もフェイケスに何か贈り物をしたかった。


 贈り物だけじゃない。


 話もしたいし、とても会いたい。


 そして何より、私が…変わったところを見てもらいたい。



 今でも私はずっと、フェイケスを信じて待ってるから。


 …貴方は…私の初めての友達、初めての    だから。




                フェイケスへ     エミレスより

 




 *





 手紙を書き終えるとエミレスは静かにベッドへと向かった。

 その表情はとても穏やかで、幸福に満たされている。

 想い人へ自由に想いを馳せられる、夢を見られる時間。

 彼女にとってこの時は、何よりも幸せな時間となっていた。




 布団の中へと潜ったエミレスはランプの明かりを消そうとした。

 が、次の瞬間。

 ランプ以上の灯り―――閃光に室内が包まれる。

 それから間もなくしてドゴンと、雷鳴が轟いた。


「ひゃ…!!」


 地鳴りのような轟音にエミレスは思わず肩を震わせ驚く。

 と、それから直ぐに大きな雨音が聞こえ始めてきた。

 恐る恐る窓の外を覗くと、曇天の夜空からはバケツの水をひっくり返したような豪雨が降っていた。

 いつの間にか風も吹き荒び、嵐といっても過言ではない天候であった。

 エミレスは急ぎ窓を塞ぎ、ランプの明かりも消さず、ベッドに潜った。


(雨…嵐……)


 嫌でも脳裏に蘇る、あの日の記憶。

 リャン=ノウと初めてケンカをし、感情に任せて屋敷を飛び出した記憶。

 そのせいで、未だ彼女たちと会えずじまいでいる。

 リャン=ノウやリョウ=ノウは何故か王城へ会いに来ることもなく、手紙も送ってはこない。

 安否についても、ラライでさえ口を噤み教えてはくれないでいる。


(きっと…私のせいなんだ……私のせいで…二人は……)


 と、エミレスは二人について考えることを止める。

 それ以上考えてしまうと、取り返しのつかない―――恐ろしい結果を想像してしまうと直感したからだ。

 その代わり、彼女は後悔していた。

 冷静さを欠き、感情に任せた結果間違えてしまった選択を。

 後悔してもしきれないほどの罪を。


(フェイケス……貴方ももしかして、私のせいで何か不運なことになっているの…?)


 鳴り続ける雷鳴が、エミレスの後悔と恐怖心を更に駆り立てていく。

 止まない雷雨の音から逃れるべく、彼女は布団の中で蹲る。

 このまま何も考えず、朝まで眠ってしまえたらどれだけ楽だろうか。

 そんなことを考えていた、そのときだった。


 コンコン。


 と、扉の叩く音が聞こえてきた。

 気のせいかとも思ったが、そのノック音はもう一度聞こえてきた。

 ラライならば先ず扉など叩かない。

 ではこんな時間に一体誰が。

 雷雨による恐怖からか、恐ろしくて開けに行くことも返答すらも躊躇われた。

 侍女や兵士だとすれば、そのうち諦めて帰るだろう。

 そう願い、エミレスは静かにやり過ごそうとした。


「―――私よ、まだ起きているかしら…?」


 しかし、それは予想外の聞き覚えのある声だった。

 エミレスは思わずベッドから飛び起きた。

 一体どうしたのか。

 何故わざわざこんなときに訪ねてきたのか。

 そんな不安を抱きながら、戸惑いながらも、エミレスはドアを開けた。

 扉の向こうに立っていた女性は、彼女の予想通りの人物だった。

 

「お義姉様…」

「ちょっと眠れなくて…紅茶を淹れてきたの。一緒に飲まない?」


 そう言ってベイルはトレイに乗せたティーセットを見せ、微笑みを浮かべた。









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