51連
「あー、泣かして悪かった…どうにも他人への接し方が面倒というか苦手というか……その…」
「…違うんです…ごめんなさい…」
返ってきた思いもよらない言葉に、ラライは目を見開く。
彼女は涙を頬に流しながら、静かに口を開いた。
「…ずっと…目の恐い人だと、思って…嫌な人だと思ってて……でも、本当は…辛いこともあったのに……こんなに私のこと…心配してくれて……私、何も、知らなくて……ごめんなさい…ごめん、なさい…」
「いや、違っ……!」
エミレスの言葉にラライの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
彼は慌てて自分の顔を隠す。
「謝る必要、ないだろうに…」
そして同時に理解した。
彼女の流した涙は恐怖から来るものではなかった。
自分がしてしまったことの罪悪感からの―――懺悔の涙であった。
かつて、ゴンズは言っていた。
『エミレス様は枯れた花にも涙するような優し過ぎる子だった』
涙を流し泣くエミレスを一瞥し、ラライは静かに吐息を洩らす。
彼女の双眸は、ようやく生気が戻ったかの如く輝いているように見えた。
「―――なあ、何なら変わってみないか…?」
「え…?」
突然の言葉に驚いた声を上げるエミレス。
意外な提案だったらしく、彼女は戸惑いを見せていた。
「周りの言葉なんか気にすんな…って言えば嘘になるな。傷つくかどうかなんて自分のさじ加減でしかないだろうし、我慢にも限度がある……だから、此処に逃げ籠った姫様の気持ちは解るし、間違いだったとも言えん」
そう語るラライに、エミレスは黙ったまま耳を傾ける。
「だがな…姫様は変われる人間だと、オレは思う」
「…私には、わからない…です…」
エミレスはそう返し、ゆっくりと頭を振る。
既に先ほどより随分と“変わっている”ことに気付かない彼女を見守るように見つめ、ラライは話を続ける。
「変われるさ。オレが保証してやる。だから、先ずは此処から外に出てみないか? 行きたい場所があるならオレが連れて行くし、嫌な奴がいたらぶっ飛ばす。会いたい奴がいるなら…会わせてやる」
会いたい人。
その単語を聞いたエミレスの目が輝く。
ラライは心当たりを察しつつも、気付かないふりをする。
「嫌だと思ったら、此処に戻ってきても良い。あーまあ、そのなんだ…オレも一緒に……面倒くさいが、この面倒くさがる性格を改めようと思う、から…」
だから、一緒に変わってみないか?
彼は頬を僅かに紅くさせ、照れ臭そうに目線をエミレスから逸らして言った。
フェイケスに会わせてくれる。
望みを叶えてくれる。
それらの言葉よりも、エミレスは『一緒に』という言葉が嬉しかった。
ちゃんと対等に、自分を見てくれている言葉が、エミレスは何よりも嬉しかった。
嫌だと思って何もかもから逃げてしまった自分を、無理やり引っ張り出すわけでもなく、『一緒に変わってみないか』と向き合ってくれた言葉が、ありがたかった。
その瞬間、エミレスの目から涙が溢れ出し、止まらなかった。
「…ありがとう……ありがとう……」
「…泣くほどのことじゃないだろ……ったく…」
そう言って顔を背けるラライは暫くエミレスを見ることはなかった。
振り返ることもなく、泣くなと言うこともなかった。
二人はその後暫く、その静かな時の中をすすり泣く音と共に過ごしたのだった。




