50連
「……ある日父親に言われたんだ『目つきが悪い』ってな。こっちにしてみりゃアンタらから受け継いだもんだって話なんだが…ガキの頃のオレにそこまで言える権限も知能もあるわけなくてな」
今にして思えば、それは他言できない『大人の事情』があったのだろう。
子供が生まれ持っていた三白眼は、父にも母にもなかったのだから。
「それからの毎日は生きた心地がしなかったな…目が恐いとか行儀が悪いとか、理不尽な叱責を受けては理不尽な暴力を父親から受けた…」
淡々と語り続けるラライの身の上話を、エミレスは静かに聞き続けていた。
思うこともあるのだろうと、ラライはエミレスを一瞥する。
部屋の隅で独り蹲る彼女の姿が、あの当時のラライの姿と重なる。
静かな空間、暗い室内。
こうして見れば、あの頃の自分と何もかも同じであったことに、ラライは酷く後悔する。
気付かなかったことに、苛立ちと憤りを隠せず、舌打ちを付きそうになる。
しかし、それを堪えつつ、ラライは話を続けた。
「あの頃は本当に辛くて、何より孤独だった……正直、ゴンズのじいさんと出会ってなかったらオレは今どうなってたかわからん。だからじいさんには感謝してもしきれないんだ」
何も知らなかった頃の自分。
ゴンズと出会い屋敷を出て行った後の自分。
始めて見た景色、目を背きたくなる光景。
悲しかった出来事、感動した思い出。
その記憶一つ一つがラライの中で巡っていく。
「姫様も、昔のオレと同じだ…と思った。生まれ持った特徴のせいで、傷つけられて傷ついて殻に篭っちまってる……」
ラライはもう一度エミレスを一瞥する。
彼女は否定も肯定もせず、また、自分の腕の中へと顔を隠してしまっていた。
ラライは顔を顰める。
「なあ、此処に居続けるのは簡単だ。だがな、このまま此処にいたって何も変わらねえんだ…!」
「違う…私が醜いことは、知ってる……でも……フェイケスなら、来てくれる…きっと……」
ようやくエミレスの口から出た言葉。
それは予想通りとも言えた、自分以外の誰かの名前。
ただラライにとって予想外だったのは『フェイケス』という名に心当たりがなかったこと。
リャン=ノウでもリョウ=ノウでもない。
兄や義姉の名でもない。
第三者の名前。
彼女の口にした『フェイケス』という者がどんな人間なのかは知らない。
だが、ラライは彼の名を聞いた瞬間、胸の奥が熱を持ち迸った。
「そいつは姫様が此処に居るって知ってるのか? そもそもこんなところまで来られるわけないだろ…!」
文字通り自分で扉まで塞いでしまっているというのに。
なんという夢見た乙女なのかと、思わず頭を抱えるラライ。
「仮にそいつが待ってくれてるんだったら、こんな所で待ってなんかいないで自分から会いに行った方が良いだろ! 姫様だって本当はこのままじゃ駄目だ、って―――」
そこまで言いかけたところで、ラライは閉口した。
不意に見つめたエミレスの瞳から、涙が零れ落ちたからだ。
そこでようやくラライは自分が熱を持ち始めていることに気付き、冷静さを取り戻す。
己の短所に嫌悪しつつ、ラライは小さく舌打ちを洩らした。
彼の中で嫌悪は罪悪感へと変わっていく。