46連
「―――おい、じいさん」
ラライはゴンズと二人用に当てられた客室に向かった。
そして部屋に戻った途端、そこにいたゴンズへと掴みかかった。
睨むような視線が、ゴンズの双眸と交わる。
「…なんだ?」
「あの姫様は一体何なんだ? ホントに病気だったのか…?」
「…そのことか」
と、ゴンズは無理矢理ラライの手を払い退き、衣服の襟首を整えた。
ラライは舌打ちし、その場に立ったまま耳を傾ける。
「エミレス様については昔からよく知っておった。リャン=ノウの父、クェン=ノウと共によく陰ながら見守る立場じゃったのでな…あの頃のエミレス様、リャン=ノウ、リョウ=ノウ共にとても可愛くてまるで孫のようじゃと―――」
「あー…そういう面倒な前置きは良いんだよ。早く結論を言え」
鋭い眼光でゴンズを睨むラライ。
やれやれ。そうぼやきながらゴンズは単刀直入に述べた。
「…リャン=ノウの手紙にはこう書いてあった。彼女は『心の病気』なんじゃと」
「やっぱり…」
「だがのう。その心の病気は自分と周りの人間との信頼があれば絶対治るのだとも、あ奴は信じておったな…」
ゴンズはそう言うとテーブルに置きっぱなしにされていたカップに口付け、緑茶を啜る。
一方のラライは口元に手を添え暫く思案顔を浮かべる。
「…あー…つまり姫様は精神が弱いってことか」
そう述べた後、「姐さんの話しとは真逆じゃねえか」とポツリと漏らす。
カップの緑茶を空にさせたゴンズは、隻腕ながらも手慣れた様子でポットから新たにお茶を注ぐ。
沸き立つ湯気に顔を隠し、彼は言う。
「確かにエミレス様は枯れた花にも涙を流すような優し過ぎる子だった…だがリャン=ノウの言っておった通り、無茶なことばかりする芯の通った強い子でもあったんじゃよ」
「……なるほど、そこで出てくるのがさっき言ってた“あの日”が切っ掛けで…ってやつか」
ラライの言葉に顔色一つ変えず、ゴンズは緑茶を啜る。
「…お前に話したとて、どうすることもできんだろうがな」
直後、ラライは舌打ちを洩らす。
「確かに第三者のオレじゃあどうすることも出来ないかもしれん。が、あんな面倒な状況をこのままにも出来ねえ性分なんだよ」
ゴンズは静かに吐息を洩らす。
カップの中の緑茶はゆらゆらと茶柱を浮かばせ、その水面には彼の物悲しげな表情から生生しい古傷の跡までも鮮やかに写していた。
「―――だったら自分で調べたらどうじゃ? そういうのは密偵の得意分野じゃろう?」
ゴンズは独り言を呟くように言った。
それを耳にしたラライは片眉を上げる。
「…まさかじいさん、オレを試す気か?」
「どうじゃろうな」
「あー、上等だ。面倒くせーが、こうなりゃ“あの日”ってのも調べ上げて、王女様の問題も全て解決してやるよ…!」
吐き捨てるように、半ばやけくそのように声を荒げさせた後。
ラライは強気な笑みを浮かべ、その場を去っていった。
強く閉められた扉。
静かになる室内。
ゴンズのお茶を啜る音が、とてもよく響く。
そして、彼は静かに双眸を閉じ、祈った。
「…リャン=ノウ。過保護だったお前さんは反対するだろうが…しかし、儂は賭けてみたいんじゃ…今のエミレス様にはああいう馬鹿みたいに真っ直ぐな奴の…ラライのような奴が必要なのかもしれないと…」




