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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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45連

  









 ベイルの姿が見えなくなると同時に、ラライは頭を押さえていたゴンズの手を振り払う。

 力強く顔を上げ、彼は舌打ちを洩らした。


「オレはあいつが気にくわん。いや、あいつだけじゃない…この城全部が嫌いで堪らねえって」

「エミレス様も、か?」

「ああ。この城は何かが狂ってる…!」


 はっきりとそう言い放ち、ラライは一層と眼つきを鋭くさせた。

 そんな気を荒立てている弟子を見つめながら、ゴンズはため息をつく。

 するとおもむろに遠い目で、彼の言葉を否定せず言った。


「そうかもなしれんの…あの日からこの城の方々は狂ってしまったのやもしれん…ベイル様もエミレス様も昔はあのようではなかった―――」

「あの日?」


 ラライの疑問を聞き、ゴンズはわざとらしく咳払いを一つ漏らす。


「国王も何か隠してるようだったが…あの日ってのは何だ? じいさんも国王も何を隠してるんだ…?」


 と、詰め寄ろうとするラライをかわすように、ゴンズは持っていた籠を彼に押し付けた。


「おい、どういうつもりだ?」


 思わず質問の矛先が変わってしまう。

 しかしそれも無理はなかった。

 何故ならエミレスへ食料を手渡す仕事は、ゴンズの役割であったからだ。


「今日は古傷が痛くてかなわん…代わりに頼む。ま、お前さんには難しい仕事じゃろうがな」

「何だと…? これを渡すだけだろうが?」

「そうかもしれん。じゃが、お前さんは人の心情にはいささか疎過ぎるからの…」


 思い当たる節はある。

 的を射抜かれたラライは不意に顔を顰めた。

 弟子のそんな様子を察し、ゴンズは口端をつり上げた。


「密偵とは相手の心理を探ることが基本じゃ。それを忘れるでないぞ」


 そう言うとゴンズは木の葉が地に着くよりも早く、その場から颯爽と姿を消した。

 結局聞きたいことは聞けず仕舞いとなってしまい、ラライはため息をつく。

 一人取り残された彼は託された籠を暫く見つめた後、ぽつりと呟いた。


「どこの古傷が痛むってんだ…ったく」









 

 ラライがそこへ足を運ぶのは半月ほど久しぶりだった。

 脳裏に過るのは、虫の息とも思えるほど衰弱していた彼女の姿と。

 それでもラライを恐怖し、怯えていた彼女の様子。

 あのとき以来の再会だった。


「―――おい、生きてるか?」


 以前と同じく、城の屋上にある庭園から壁伝いに窓へと侵入するラライ。

 部屋は半月前と変わらない様子で、騒然としていた。

 乱雑に並ばれたタンスや棚のつい立。

 散らかったドレスや化粧品。

 鏡の類には全て布切れが被せられており。

 床は窓ガラスが未だに散乱したままであった。

 が、これはラライのせいでもあるのだが。





「おい…」


 そんな中、エミレスはベッドの上に座っていた。

 両足膝を抱えるように座り込み、顔を俯かせている。

 それも半月前と変わらなかった。

 ラライは彼女に近寄り、背負っていた籠を見せつける。


「ほら、持ってきたぞ」


 しかし、反応はない。

 暫くその状態で待ってみたが、彼女の反応のなさに少し不安を感じ、彼は彼女に触れようと手を伸ばした。

 その瞬間、エミレスは顔を上げた。


「フェイケス…」


 そう呟いた彼女はその途端に涙を流した。

 既に何度と流しているだろうその涙は、彼女の頬に筋跡を残している。

 ラライは一瞬たじろいでしまう。

 が、直ぐに冷静さを取り戻し、持っていた籠をエミレスの前に押し付けた。


「やつれ過ぎだろ…受け取れってさっさと食えよ」


 しかし、それでもエミレスは虚ろげな様子で。

 まるで人形のような顔で籠を一点に見つめていた。

 気まずい雰囲気が流れる。

 ラライは額を掻きながら、気紛れに尋ねた。


「なあ……ちゃんと、飯食ってるのか…?」


 しかし、当然返事はなく。

 それどころかエミレスは再度顔を俯かせ、ラライから視線を逸らしてしまった。

 そして、その後も彼女が口を開くことはなく。

 ラライは顔を顰め、舌打ちをする。

 それから直ぐに、彼はそのまま無言で帰ってしまった。









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