38連
「―――お疲れ様…いつもと足音が違うようだったけど…どうかしたの?」
「べイル…お前こそどうかしたか? 私の部屋で…」
寝室へと辿り着いたスティンバル。
と、そこにはべイルが微笑みを浮かべ、待っていた。
「私は…今日は特にお疲れでしょうから、疲れのとれるハーブティーを用意していたところよ」
ベイルはそう言うとテーブルランプで温めてあったポットを手に取り、カップへと注ぎ始める。
温かな湯気が上がり、同時にハーブの爽やかな香りが部屋中に広がっていく。
「そうか…ありがとう」
スティンバルはソファに座り、ベイルが淹れたハーブティーを受け取った。
一息、それから遠慮なく一口飲む。
ほのかに甘く、心地良い安らかな風味。
彼女がいつも淹れてくれるハーブティーに癒されながら、しかし未だ浮かない表情でいるスティンバル。
「……エミレスはどうした?」
先ほどの気を紛らすべく、スティンバルはおもむろに尋ねる。
と、ベイルはその手を止めた。
丁度、自分のハーブティーをカップに注いでいる最中だった。
が、彼女は直ぐにまたカップへお湯を注ぎ始める。
ベイルは微笑みを見せ言った。
「疲れていたようで、もう眠ったわ。心配しなくても大丈夫よ。私が面倒を見るから…貴方は国王の務めに専念しないと…」
「そうか…そうだな……」
そう呟いた後、スティンバルは静かに瞳を閉じた。
それから、本当に疲れていたようで、そのまま眠ってしまった。
カップをソファの傍らに置いたまま、ベッドで横になることもなく。
ベイルは彼の様子を見守りながら、一人静かにハーブティーを口へと運ぶ。
「―――心配しなくても、貴方を絶対守って見せるわ……あの凶悪な妹から…」
そう言って浮かべたその笑みは、外の暗夜よりも黒く、そして深いものであった。
「―――お前、知ってるか?」
「ん、どうかしたのか?」
「最近、国王様の妹君が帰ってきたらしいぞ」
「ああ…あの地方の別邸でずっと暮らしてたって言う?」
「病気だったとか、国王様が避けていたとか…色んな噂があるけどな…」
「で、実物見たのか? どんなだった?」
「いや……」
と、その直後。
彼らの上長に当たる兵士が見回りにやって来たため、彼らは会話を中断させた。
上長兵士が通り過ぎた後、一人の兵士がこっそりと呟いた。
「国王様とは全然似てなかったな。はっきり言うと…何もかも正反対だった」
アドレーヌ城へと帰って来たエミレス。
その怒涛の一日から夜が明けた。
世話役の声に目を覚ましたエミレス。
と、世話役であるクレアは大慌てで頭を下げた。
エミレスが極度に脅え、声に出ない悲鳴を上げ、ベッドの端で丸くなってしまったからだ。
「す、すいません…以後気をつけます」
「…い、いえ…こちらこそ、ごめんなさい…」
クレアはもう一回、丁寧に腰を折り曲げ、両手をぱんと叩いてみせる。
すると、彼女の背後で待機していた数人の侍女たちがエミレスのベッドを囲んだ。
「これから30分後に朝食となります。なので、お着替えをお願い致します」
クレアの言葉を合図に、侍女たちは強引とも取れる動きでにエミレスをベッドから起こし、着ていた衣服を脱がそうとする。
エミレスは困惑と恐怖に似た表情で声を荒げた。
「や、止めて…下さい……一人で着替えます…!」
「残念ですが、そういうわけには参りません。お妃様からそう言われておりますので…」
クレアはそう言い終えると再度、一礼する。
それから着替えを侍女たちに任せ、自身は部屋の外へ出て行ってしまった。
エミレスは畏まった衣装、ドレスが昔から好きではなかった。
しかし、侍女たちが用意していたそれは、淡い紅色が特徴的な装飾の取り入れられた―――明らかに重苦しいドレスであった。
エミレスは抵抗することも反論することも出来ず、侍女たちに身を任せてしまうこととなる。




