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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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35連









 かつて住んでいたとはいえ、初めて見るような感覚で。

 エミレスはぽかんと口を開けてしまう。





「―――エミレス様」


 と、エミレスの名を呼ぶ声に、彼女はその方へと視線を向ける。

 が、目を合わせることが苦手故に直ぐ逸らしてしまうわけだが。


「…私めはエミレス様が幼い頃より世話をしていた乳母のクレアでございます。こんなにも立派に大きくなられて…」


 そう話す乳母の目には涙が浮かべられている。

 それをちらりと確認するものの、エミレスは困惑したまま。

 つい俯いてしまい、素っ気ない態度を取ってしまう。


「私めのこと…お忘れでしょうか…?」

「ごめんなさい…」

 

 咄嗟に出た言葉がそれしかなかった。

 乳母は寂しげな表情を浮かべつつも、直ぐに踵を返して城の入口へと案内をした。


「そうですか…もう随分とお会いしておりませんでしたし、仕方がありません」

「ごめんなさい」

「謝らないでください。それでは、こちらへ」


 導く乳母に頭を下げたまま、エミレスは彼女の後に続く。

 するとエミレスの背後で「では私は荷馬車を置いてきますので」と言うゴンズの声が聞こえてくる。

 付いて来てくれないのか。

 そんな心細さは、一瞬にしてかき消される。


「っ!?」

「なんだよ、いちゃ悪いのか?」


 いつの間にか隣にラライが居たことに気付き、思わず驚いてしまう。

 ぎょっとした顔で驚くエミレスとは裏腹に、ため息交じりでラライは冷たく黒い瞳を向けている。


「い、いえ…ごめんなさい」

「だから、なんでお姫様が謝るんだ?」


 無意識で出てしまった謝罪に、またしてもラライは突っ込みを入れる。

 傍目にはどう見ても王女とその密偵とは思えない二人。

 兵士や従者たちの何人かも陰でこそこそと話しているようだった。

 そんな様子をふと見つけてしまったエミレスは、それだけで気が滅入り、視線を落とす。


(どうせ私は王女らしくないもの…)


 静かに下唇を噛みしめ、エミレスは徐々に歩調を早めていった。






 エミレスは世話役に案内され、国王―――兄が待つ謁見の間へと向かう。

 装飾された廊下、綺麗に彩られた花瓶。

 両側の壁には国名にも使用されている生ける女神『アドレーヌ』の歴史を彩った絵画が連なっている。

 そのどれもが本来ならば懐かしいはずの場所。

 しかし、そのどれからも思い出がない場所。

 自分の故郷であるはずなのに、自分の知らない場所のような感覚。

 これまでになかった絢爛豪華な空間が、エミレスをそう錯覚させていた。




 そうして辿り着いた廊下の突当り。

 両開きの扉が兵士によってゆっくりと開いていく。

 全く記憶に残っていない謁見の間。

 数人の兵士が左右対称に道を作り、並ぶ。

 そしてその向こう。

 王座に座る人物とそこに囲むように居る人たち。

 間違いない。

 その人たちこそ、エミレスがずっとずっと会いたかった者たちだった。

 乳母を通り過ぎ、自然と足早になり、歩幅は広くなる。

 周りの兵士たちの表情や視線さえも、今は気にならない。

 エミレスの瞳からは涙が溢れ出てくる。

 それは、色々と湧き上がる喜びと悲しみが混同して溢れてくるものだった。


「あぁ…お兄様……」


 本当は駆け寄って抱きしめたかった。

 だが、エミレスは不意に立ち止まった。

 此処がそういう場所ではないと、冷静な一面が語り掛けてしまったからだ。


「久しぶりだな」


 兄の、懐かしい声。言葉。

 待ち焦がれていた再会に、エミレスは涙を拭いながら小さく頷いて返す。

 それはまるで、ようやく見つけてもらった迷子の少女のようであった。









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