34連
エミレスを乗せた荷馬車はゆっくりと丸一日かけ、王都へと辿り着いた。
大事になるようなことも、騒動に巻き込まれることもなく。
至って平穏に、彼らは王都入り口の門をくぐる。
「思ったより何にもなくて拍子抜けだったな」
「…となると、返って気掛かりじゃの」
手綱を握りながらポツリと漏らしたゴンズに、ラライは尋ねる。
「と、言うと?」
「エミレス様を逃した襲撃者は確実にこの移動中を狙うと思っとった…何せ、エミレス様を王都まで逃がしてしまっては簡単に狙うことが出来なくなるからじゃ」
そう言ってゴンズは現在通行中である門を見上げる。
荷馬車も簡単に通行出来る巨大なこの門は、頑丈な石素材で出来ている。
鉄製の両開き式の扉は今やほとんど使われていない“エナ”の力で開閉されている希少な扉だ。
そんな堅牢な巨大門と壁は、王都エクソルティスをぐるりと囲うように作られている。
「そして王城は湖上にあり、唯一の架け橋を渡る他に登城する手立てはない」
「襲撃者にとって王都まで逃げこまれちまうとお姫様を襲いにくくなるってことか」
肯定に頷くゴンズ。
ラライは視線をそんな師匠から車内で座っているお姫様―――エミレスへと向ける。
色々なことがあって疲れたのだろう、彼女は座ったまま寝息を立てていた。
「なのに全く襲ってくる気配すら感じんかった…」
「慎重になり過ぎただけってわけでもなく、か?」
ゆっくりと、馬車は王都内へと入っていく。
そこでは多くの露店が並び、各々やりたいように品々を売買している様子が見られた。
様々な容姿の、老若男女たちが行き交い、賑わっている。
「それもあるかもしれんが…そもそもエミレス様を襲うタイミングも可笑し過ぎる」
「あー…確かにそれは俺も思ったぜ。リャン=ノウ姐さんの連絡書じゃ最近は一人で街まで出かけてたって話だろ。こっそり警護兵はつけてたらしいが……何でそんな襲いやすいタイミングじゃなく、わざわざ屋敷を襲ったのか」
まるで、エミレスを敢て王城へ逃がすことこそが、襲撃者の目的かのような。
そんな憶測に至り、二人は不穏な予感に眉を顰める。
「ってことは…結論言うとお姫様はわざと招かれたかもしれないってこと、か…」
「城についたとて、用心しておいた方が良いと言うことじゃ…わかったか?」
ラライはもう一度、その顰めた顔でエミレスを一瞥する。
苦しそうな顔で眠り続ける彼女を見つめ、それから深いため息を洩らした。
「ったく、面倒くせー話だな…」
いつの間にか眠ってしまっていたエミレスが目を覚ますと、馬車は止まっていた。
「着いたぜ」
ラライの声に大きく肩を揺らし、驚くエミレス。
「ご、ごめんなさい…」
素早く謝罪してしまう彼女に、「なんで謝ってんだ」とラライはぼやく。
「ほら」
と、彼は急かすように戸惑うエミレスの腕を引っ張り、無理やり起こした。
この『手を掴まれる』という行為が未だ慣れず、びくりと肩を震わしてしまう。
だがラライは構わずに荷馬車の外へ行くよう促し、背を押した。
「お帰りなさいませ、エミレス様」
幌から顔を覗いたエミレスはその光景に目を丸くする。
目の前には何十人という兵士と侍女たちが並び、エミレスを待ち構えていた。
ノーテルの別邸でも似たような光景は見てきたが、その人数が圧倒的に違った。
そして何よりも圧巻であったのが、傅く彼らの後方に聳え立つ居城。
「お城…」
幼い頃に見た以来、久々の王城だった。




