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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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29連








 用意されていた衣服―――真っ白なツーピースに着替えたエミレス。

 余り好みではないその色合いは、間違いなくリャン=ノウが選びそうなものだと思わず苦笑を浮かべる。

 ようやくずぶ濡れの服から着替えられた心地良さもあってか、エミレスは勇気を出して馬車の外を覗き込んだ。

 

「おお、着替えは終わりましたかい?」


 と、エミレスの姿を見つけたゴンズが直ぐに反応し、声を掛ける。

 よく見ると彼は隻腕で、他にも顔や二の腕には痛々しい傷痕が残されていた。

 思わず頷き、返答するエミレス。


「では此方へ…大したものじゃございませんが食べてくだせぇ」


 そう言ってエミレスを馬車の外へと促すゴンズ。

 見るとそこには夕飯と思われる料理が用意されていた。

 木箱をひっくり返しただけの簡易テーブルと椅子。

 そこにはハード系のパンと豆と野菜の炒め物が置かれている。

 そして湯気立つ紅茶の甘い香り。

 想像もしていなかった温かな食事風景に、言葉を失うエミレス。

 そんな呆けていた彼女へ、もう一人の男―――ラライと言われていた彼が近付いてきた。


「毒なんかは入ってないから安心しろ。冷める前に食っちまえよ」

「なんと物騒な…ばか弟子が!」


 ゴンズの怒号を背に受けつつ、ラライは無言のままエミレスへ手を差し伸べる。

 馬車から降り易くする気遣いであることは直ぐに気付いた。

 

「あ…」


 が、思わず動揺の声を洩らすエミレス。

 赤の他人の―――ましてや異性の掌。

 極度の緊張に、全身が硬直し、体温が急上昇していく。


「だ、大丈夫…です…」


 鋭すぎる彼の眼光から逃げるように視線を背け、エミレスは自身の力で馬車から降りた。




 エミレスが食事中も、ゴンズは懸命に彼女を気遣っていた。

 その様子から彼が悪い人ではないこともひしひしと伝わってくる。

 むしろ、何処か懐かしい優しさを抱くほどだ。

 そんな彼のおかげか、エミレスは自分でも意外なほど恐れることなく食事することが出来た。


「―――私めらは表向き花卉栽培や庭師としてノーテルの街に居座っていやした」


 そうして粗方食事を終え、エミレスが温かな紅茶をもう一杯飲んでいたところ。

 おもむろにゴンズがそう口を開いた。


「そして有事の際…もしもの事態が起こったときに密やかに行動しエミレス様を御救いするように、リャン=ノウに頼まれとりました」


 日も落ち、真っ暗な夜空が広がる中。

 傍らに焚いてある焚火の爆ぜる音だけが周囲に響く。

 辺りには背の高い森林に囲まれており、荷馬車が特に濡れなかったのもこの木々のお陰のようだった。


「あの、何かが…あったんですか…?」


 もしもの事態に動くよう命を受けていた彼らが、今こうして此処にいる。

 それはつまり“何かが起こった”と言わずも語っているようなものだった。

 襲い来る不安と想像に、エミレスの顔から血の気が引いていく。


「教えて、下さい…」


 囁くような小声だが、彼女なりに精一杯の声量で尋ねた。

 しかし、ゴンズは直ぐに答えようとしない。

 言葉を選んでいるのか、口を噤んだまま俯いている。

 すると、それまでずっと蚊帳の外でいたラライがため息をついてみせた。

 そのわざとらしいため息に、エミレスの視線は自然と彼の方へ向く。

 と言っても、彼の鋭い目つきはエミレスにとって恐怖心を駆り立てるため、彼の顔の下の方を見ていたわけだが。


「アンタらの屋敷が何者かに襲われたんだよ」


 ラライは迷うことなく言った。 


「こ、こら!」


 耳を疑うような言葉。

 信じられなかったが、彼らがそんな嘘で騙すような人物にも見えない。

 それどころかゴンズの慌てる様子がエミレスに確証を与えてしまう。


「……襲われた…」

「まあ、襲撃者については城の連中が動き出すだろうし、直ぐにわかると思うが――」


 と、ラライの口が止まった。

 ラライは目を大きくさせ、真正面にいたエミレスを凝視する。

 彼女が、大粒の涙をこれでもかと言う程に流していたからだ。









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