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見切りから始める我流剣術  作者: 氷純
第三章 夜に沈む邪霊

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第二十七話 討伐

 リオはシラハと背中合わせになり、ナイトストーカーとコンラッツ達の間に立つ。

 戦況を頭の中で整理する。


 リオとシラハ、コンラッツの目的はナイトストーカー討伐でほぼ一致している。

 ナイトストーカーはコンラッツやミュゼを気にしながらもリオとシラハに狙いを定めているのが構える曲剣の向きから読み取れた。

 状況をかき乱しそうなのはミュゼの動きだ。ミュゼにとってはナイトストーカーの討伐は後回しで構わない。コンラッツの撃破も努力目標でしかなく、最大の目的はシラハの身柄確保だろう。


 コンラッツもミュゼもかなりの実力者だ。お互いにそれを理解しているためか、切っ先を向け合っている。コンラッツはナイトストーカーの討伐を優先したいもののミュゼを野放しにすると現場が混乱すると判断、対処に追われている。


 ナイトストーカーの討伐はリオとシラハに任せるつもりだろうが、ミュゼが使う異伝エンロー流を考えるとコンラッツが足止めできるか分からない。コンラッツをすり抜けてリオ達の戦いに乱入するくらいのことはしてのけるだろう。

 コンラッツがリオ達を背にして構えたまま動かないのも異伝エンロー流を警戒してのことだ。

 リオはコンラッツから視線を完全に外し、シラハの横に並んでナイトストーカーに切っ先を向けた。


「シラハ、白面たちの乱入もあり得る。気を付けて」

「分かってる」


 リオの動きを見て、ミュゼが呆れたように声をかけてきた。


「邪人と共闘? 正気かい?」


 かけられる声を無視して、リオは細く息を吐きだした後、ナイトストーカーの間合いに飛び込んだ。

 ナイトストーカーがリオの剣閃から逃れるべく右に跳ぶ。それを見抜いていたシラハがナイトストーカーに突きを放った。

 鋭く一直線に伸びるシラハの突きを、曲剣が下から弾く。

 がら空きになったナイトストーカーの脇に、リオは全体重を乗せた蹴りをぶち込んだ。

 ぐらりとブレたナイトストーカーの上半身に、シラハが大上段から剣を振り下ろす。


 三つあるナイトストーカーの眼がシラハの剣をしっかりと捉えた。

 渾身の力で跳んでシラハの剣を逃れたナイトストーカーが地面を転がって受け身を取る。


 すでに、リオが追撃の踏み込みを完了していた。

 下からすくい上げるようなリオの振り上げに、ナイトストーカーが曲剣を合わせる。

 両者の剣が火花を散らし、瞬時に相手の剣を奪い取ろうと絡み合い、鍔迫り合いに持ち込まれるのを嫌った両者の利害が一致して左右へと弾かれるように距離を取った。


 リオは膝の柔軟性を使って再び間合いに飛び込み、視線でフェイントをかけながら逆方向へ跳び、ナイトストーカーに右から強襲をかける。タイミングを完璧に合わせたシラハが左から一気に距離を詰め、ナイトストーカーの退路を塞いだ。


 鮮やかな挟み撃ちに対し、ナイトストーカーはシラハへと曲剣を突き出しながら突進した。

 シラハはリオと同じ我流の足捌きで立ち位置を拳一つ分ずらし、カウンター狙いで横倒しにした剣を振りぬく。真一文字の剣閃をナイトストーカーは上に跳んで躱した。

 空中の無防備なナイトストーカーに向けて、追いついたリオは突きを放つ。

 しかし、ナイトストーカーは民家の壁を蹴り飛ばした反動でシラハの頭上を飛び越えて地面に着地した。


 蹄の跡がくっきりと残った民家の壁をちらりと見て、リオは中段に構える。

 その時、コンラッツとミュゼが争う剣戟の音が途絶えた。

 注意を払っていたリオはすぐさま反応し、音がしていた方へ顔を向ける。

 コンラッツを潜り抜けたミュゼが迫って来ていた。

 すでにコンラッツも動き出しているが、ミュゼの方が速い。


「そっち頼んだ」

「気を付けて」


 短く言葉を交わし、リオはミュゼを迎え撃つべく走り出す。

 同時に動き出したナイトストーカーの脚を止めるためにシラハがリオの背後に回って剣を構えた。

 迎え撃つリオを見てミュゼが顔をしかめる。足止めされればコンラッツに追いつかれてしまうからだろう。


 走り抜けながら斬ってくると予想して、リオは下段の構えでミュゼの足を狙いに行く。

 ミュゼが鞘に剣を中途半端におさめた。

 異伝エンロー流の鞘流しと呼ばれる技だと見抜き、リオは下段の構えのままミュゼとの距離を詰めた。

 村にいた頃、カリルから話を聞いている。鞘流しは囲みを突破する際に剣の先に鞘を引っかけて間合いを延長し、相手の剣を鞘で受け流して鞘ごと弾き飛ばす技だ。


 リオは腰を落としてミュゼの膝へ剣を振った。

 ミュゼが剣の先に引っ掛けた鞘をリオの剣に合わせ、擦り上げるように手首を動かしたその瞬間、リオは裏をかいて後方に飛び退いた。

 リオの剣が離れ、摺り上げようとしていたミュゼの剣と鞘が圧力を失って上に跳ねる。それを見逃さず、リオは上から剣を振り下ろし、ミュゼの鞘を打ち落とした。

 剣の切っ先から鞘が外れて地面に跳ねる。


「――甘いね」


 ミュゼが呟き、走りながら地面に跳ねた鞘をリオに向かって蹴り飛ばした。

 もとより鞘を捨てて行う技だ。鞘をぞんざいに扱うことにためらいがない。

 嫌らしいことに、鞘はリオの後ろ、シラハとナイトストーカーの戦闘に乱入する角度と勢いで飛んでいる。


「そう来ると思った」


 リオは振り下ろした剣の角度はそのままに、腕を振り上げて柄頭で鞘を殴り飛ばす。さらに肘を曲げ、ミュゼに向けて突きを放った。

 顔をしかめたミュゼが首を傾けて突きを躱し、シラハたちへの接近を諦めて退避する。


 横っ飛びにリオから距離を取ったミュゼへと、コンラッツが斬りかかった。

 神剣オボフスの透過能力を警戒したか、ミュゼはコンラッツの剣を決して受けずひらりひらりと躱していく。

 コンラッツとの実力が互角なのではなく、まともに取り合わずに逃げ続けることで隙を作り出そうとしているらしい。

 ちょうど、リオがガルドラットとの真剣試合でやった手管だ。


 ミュゼを追い返すことには成功したが、油断もできなかった。

 我流剣術による予測されにくい動きとカリルから学んだ異伝エンロー流の知識で対抗しただけなのだ。ミュゼほどの使い手ならばすぐにリオの我流剣術の動きにも慣れる。そのうえでカリルも知らない異伝エンロー流の奥儀でも繰り出されたなら、鎧袖一触で斬り殺されるだろう。


「――リオ!」


 シラハの叫ぶ声に、リオは慌てて視線を向ける。

 シラハがこちらを見ていた。周囲にナイトストーカーの姿がない。

 やられた、とリオは焦る。

 ナイトストーカーが固有魔法で姿を消したのだ。魔法を打ち消せるリオの注意がミュゼに向いた隙を突かれた。

 シラハが呼んだということは、ナイトストーカーは姿を消す直前にリオを狙う動きを見せたのだろう。戦術的にも、固有魔法を打ち消すリオを仕留めることでナイトストーカーは有利に立ち回れる。


 ミュゼが笑う声が聞こえる。ここまで読んでいたわけでもないだろうが、シラハを誘拐するのに有利な状況が出来上がるのは確かだ。

 コンラッツがミュゼを放置してナイトストーカーの奇襲に備えた位置取りを取る。リオが殺され、シラハが誘拐されるとしても、ナイトストーカーを仕留めるのが最重要なのだ。


 だが、リオは一切怯まなかった。

 シラハにアイコンタクトを取りながら、リオは剣を腰だめに構え、息を吸い込む。

 シラハが叫んだタイミング、シラハの体の向きや剣の切っ先の向き、直前までのミュゼとの攻防を含む各人の位置関係。

 推測できるナイトストーカーが姿を消した位置。


「――そこ!」


 限界以上に強化した喉から声と共に魔力が放たれる。

 推測したその場所からやや左に陽炎の声で膨張した何かを感じ取り、リオは剣を振りぬいた。

 硬い魔力膜を砕く感触が剣を通して伝わる。正面に、ナイトストーカーが剣を振り上げた体勢で姿を現した。


 リオが固有魔法を打ち消すには斬る必要があるとすでに見抜いて迎撃態勢を作っていたのだ。

 宙を裂き、ナイトストーカーの曲剣がリオへと振り下ろされる。

 リオはシラハを信じて曲剣を無視し、剣を引き戻して中段に構える。


 直後、リオの足元が陥没した。

 事前のアイコンタクトに従い、シラハが愛用の剣に刻まれた魔法陣を発動したのだ。

 一気に下へと逃れたリオの頭上でナイトストーカーの曲剣が空振る。


 リオは中段に構えていた剣をナイトストーカーの足へと突き出した。

 渾身の一撃を振るために踏ん張っていたナイトストーカーは咄嗟に動くことができず、リオの突きを右太ももにまともに受け青い血を噴き出した。

 ナイトストーカーが顔をしかめながら後退する。


 しかし、ナイトストーカーの退路は隆起した地面に塞がれた。


「逃がさない」


 静かに、しかし明確に殺意を込めたシラハの声にナイトストーカーが振り向いた時、そこにシラハはいなかった。

 隆起した地面の後ろ、シラハは身体強化を限界まで引き上げ、剣を振り被る。


 魔法が解け、隆起していた地面が自壊するなか、シラハは無防備なナイトストーカーの首へと剣を振りぬいた。

 ナイトストーカーがどこか満足そうな顔で曲剣をシラハの足元に手放す。

 狼のようなナイトストーカーの頭が宙を舞った。

 頭が地面に転がると同時にナイトストーカーの身体が力を失って倒れ込み、黒い靄のようになって宙に溶けていく。


 今まで見たことのない現象に、リオは警戒しながらナイトストーカーの身体を注視する。

 発生した黒い靄はナイトストーカーが手放した曲剣へと吸い込まれていった。


「邪器になった……のか?」


 猿やテロープを倒した時には見なかった現象だったが、そうとしか思えなかった。

 シラハが曲剣を拾い上げ、その切っ先をミュゼたちに向ける。

 考えるのを後回しにして、リオもミュゼへと剣を向け、注がれた視線に気付いてコンラッツを見る。

 コンラッツとミュゼは互いの距離を取り、リオをまっすぐに見つめ、同時に呟いた。


「いま魔法を斬ったか……?」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この話数にコメントするのは時期的に遅いと思うけど 後の話を読むと 『ナイトストーカー』は自らと同様に既存剣術に才能が無いリオに… 未来を託せる相手に出会えた事に喜びを見出だせたのだろう…
[良い点] ちょっと満足気な顔をするナイトストーカーがエモい。
[一言] ナイトストーカーは剣士として死ねたからこそ死ぬ間際満足そうだったのかな…と しかしミュゼが気持ち悪いですね!
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