第二十二話 乱入者
リオが向けた切っ先を見て、ミュゼは困ったように笑った。
「物騒だね。まぁ、経緯を考えれば仕方がない」
ミュゼが手を叩くと建物の上や路地の出入り口に白面の集団が現れた。どれも手練れなのが淀みのない動きと互いの隙を埋める位置取りで分かる。
明らかに、ミュゼの指示で動いている。
「やっぱり、白面と繋がってた」
シラハが呟いて、剣の鞘に手を置いた。いつでも魔法を発動できるように準備しているのだろう。
ミュゼが敵意はないと示すように両手を上げた。
「待ってほしい。とにかく話を聞いてほしい」
「正直、話すことなんてないんだけど」
「こちらにはある。単刀直入に言おうか。魔玉を渡してほしい」
「魔玉?」
「あぁ、なんのことだ、なんて聞かないでくれ。失せ物探しの魔法で君たちが魔玉を二つ、絶えず身につけているのは把握しているからね」
失せ物探しの魔法と聞いて、リオは舌打ちする。こんなに綺麗に待ち伏せをされたのも失せ物探しの魔法で位置を把握されていたからだと気付けなかった自分に腹が立った。
習得が難しく使い手が限られる魔法ではあるが、シラハや師のオッガンのように使える者はゼロではない。警戒すべきだった。
「渡してほしいと言われた以上、ただで渡すわけにはいかない」
「お怒りはごもっとも。命を狙われたのだから信用できないという気持ちも分かる。だからこそ、私がこうして出向いている。これは本当に誠意を表してのことだ」
心底嘆くような口調でミュゼはあくまで敵意はないと示そうとしている。武器に手をかけず、間合いを詰めようともしない。
ミュゼが無念そうな顔で被りを振る。
「襲撃に関しては手違いだった。伝達ミスがあった。不幸な行き違いだった。リオ君たちを害するつもりはなかった」
「――嘘」
シラハが冷たい声で指摘した。
リオも分かっている。ミュゼの言葉は嘘だ。
地下通路の先で待ち構えていた白面たちは明らかに殺意を持っていた。
なにより、伝達ミスだろうと人を殺そうとする連中がまともな組織のはずがない。
ミュゼが眉を八の字にして肩を落とす。
「本当に伝達ミスだった。最初は魔玉さえ奪還できれば良いはずだった。しかし、後に判明した事実や君たちの証言から大変な間違いを犯していたことに気付いた。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だから、誠心誠意、頼みたい。魔玉二つとシラハさんを渡してほしい」
「――は?」
さらりと要求が増えていることに気付いて、リオは一気に戦意を溢れさせる。
「俺の義妹に何する気だよ?」
なし崩しに戦闘に発展しかねない殺気を放つリオに、ミュゼが慌てて手を突き出して待ったをかける。
「誤解だよ! 危害をくわえるつもりは一切ない。むしろ逆、保護したいんだ。安心して任せてほしい。機密の保持のため離れ離れにはなるが、きちんと手紙のやり取りもできるように手配するし――」
「――は?」
今度はシラハが剣呑な目でミュゼを睨んだ。
「リオと引き離す気なの?」
「……あぁ、なんだか、君たち面倒くさいね?」
つい本音を漏らしたミュゼが額を押さえて天を仰ぐ。
「誤解を解けば我々に正義があると分かるはずなんだ。だがしかし、時間がない。場所を移して腹を割って話したいのに、君たちの警戒を解くのも難しい。困った。実に困った。そもそも、私は胡散臭いとよく言われるんだ。この手の交渉には向かないんだ。いや、愚痴っている場合でもない。目下の問題はなんだ。時間がないことだ。説得する自信はあるんだから時間さえ確保できればいいんだ。ではどうする。あぁ、どうしよう、どうすれば――拉致しよう」
長々と独り言を呟いていたミュゼは急に晴れ晴れとした笑みを浮かべて宣言する。
即座に白面たちがリオ達へ飛び掛かろうとし――脚を止めた。
路地に一本の矢が飛来したのだ。
何の変哲もないただの矢が。
ならば撃ち込んだ何者かを警戒しなくてはいけない。
リオも、シラハも、ミュゼも、白面たちも、矢から目を逸らそうとしてゾッとする。
目が離せないのだ。
路地の壁に突き刺さった矢に縫い付けられたように、視線を動かせない。
身体が動くことに気が付いたリオは耳に神経を集中させながらシラハの服を掴んで壁際に寄る。視線を固定されている以上、視界を広く取るには矢から離れ、死角を物理的に埋めなくては危険だと判断したのだ。
広がった視界の端、ミュゼが苦々しい顔をして視線を矢に固定したままひらりと身を躱す。
音もなく振りぬかれた鞘が空を斬り、民家の壁から邪人コンラッツが現れた。
「避けるか。これだから異伝エンローは面倒なんだ」
路地に現れたコンラッツはちらりとリオ達を見た。
「釣りは生餌に限るな」
コンラッツも失せ物探しの魔法か何かでリオ達の動きを把握していたらしい。
リオ達とミュゼの間に入ったコンラッツが神剣オボフスを腰だめに構える。
「一部始終を聞かせてもらった。この娘にご執心らしいな?」
ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべるコンラッツにミュゼが眉をひそめて吐き捨てた。
「世界を浸さんとする汚泥め」
忌々しそうに言ったミュゼだが、視線を矢に固定されている今の状況は形勢不利と見たのか、後ろへ倒れこむような特徴的な体捌きで距離を取った。
「救世種の雛と種は必ず押さえる。シラハさん、どうかお怪我のないように」
最後には心から心配するように声を投げかけ、ミュゼが路地から姿を消した。ほぼ同時に白面たちも距離を取り、ばらばらに駆け出していく。
「――追いましょうか?」
凛とした女性の声が民家の二階からかけられる。コンラッツはその声に肩をすくめた。
「やめておけ。今はナイトストーカーが優先だ」
「かしこまりました」
承諾すると同時に声の主が二階から路地に降り立ち、コンラッツの背後に控えた。
長い黒髪を二つ編みにして背中に垂らした長身の女性だ。一本の芯が入ったような凛とした立ち姿と細く無駄を削ぎ落したスレンダーな体型から武術の心得があるのが分かる。
手には特殊な弓を持っていた。青い特殊金属でメッキされた邪獣の骨の合成弓らしく、片方の指の先から肩までの長さの弦を張った短弓だ。
視線を縫い留めていまだに放さないあの矢を放ったのが彼女なら、おそらく神器の弓なのだろう。
コンラッツが神剣オボフスを肩に担いで、警戒を深めるリオ達に声をかける。
「坊主、取引だ」




