第九話 義賊ネコ
路地を出てからというもの、飛び去ったスファンは戻ってこなかった。
リオはシラハを横目で見る。
「スファンに何かした?」
「何もしてない」
本当か疑ってしまうが、実際にシラハが何かをしたとすれば近くにいたリオが気付く。魔法を使った様子もなかった。
「まぁ、居なくなってくれて助かったけど」
スファンが頭上からいなくなるとリオ達は一気に動きやすくなった。
スファンの寵愛と嫉妬の頭上にはスファンが飛んでいるという先入観があるからか、リオ達に気付く通行人が一気に減ったのだ。
だが、遠巻きに護衛と人払いをしてくれていたイェバスたちは議会に連絡員を走らせたりして忙しそうだ。あれだけシラハの後を付け回していたスファンがいきなり縄張りに帰ってしまったのだから当然である。
「シラハの庇護者として俺を認めてくれたのかな」
認められた理由がまるで分らなかったが、他にスファンがいなくなった理由も思いつかない。
「あんなのどうでもいい。お腹空いた」
「はいはい。ついでにカリルにお土産でも選ぼうかな」
「お父さんたちには?」
「予算がねぇ」
道場の師範が味方になると言ってくれたのはカリルのおかげだからと、お土産を選ぶつもりなのだ。両親へのお土産は後回しである。
お土産も売ってる料理店はないかと探していると、シラハが路地を指さした。
「いい匂いがする」
「あ、ほんとだ」
人の流れに乗って移動し、リオとシラハは途中で路地へとそれる。
古い町だけあって所々で道が入り組んでおり、この手の人目につかない路地があちこちにあった。しかし、薄暗がりの中でもそうと分かるほど綺麗に掃き清められており、治安の良さが分かる。
シラハが嗅ぎつけた匂いの出所は路地に面する麺料理の店だった。地元客向けにやっているようだが、店先には土産物を売る小さなスペースがあり、店の子らしい男の子が暇そうに店番をしている。
男の子がリオとシラハに気付いて顔色を変えた。
「えっ、なんでここに?」
「しー」
シラハが人差し指を立てて静かにするようジェスチャーすると、男の子は頬を赤くして何度も頷いた。
見た目だけなら可愛いもんな、とリオは男の子の反応を気にせず店の中を確認する。地元の人らしき夫婦が一組、カウンター席で料理人と話している地元民らしきおじさんが一人。
混雑しているわけでもないようだ。
「リオ、お土産どうする?」
「俺に関することじゃないのに珍しく乗り気じゃん」
「早く済ませてリオを独り占めする」
「あぁ、はいはい」
男の子に睨まれて、リオは苦笑する。
「おすすめとかある?」
リオが尋ねると、男の子は愛想笑いも忘れて土産物の一つを手に取る。
小瓶に入った赤い実が黄色い液体の中に漬け込まれている。
「女性向けにはこれとか人気」
「男性向けだと?」
「んー。こっちかな。日持ちする奴だと塩漬けとかお酒になりがちだけど、この干し果物はこの町の名物だから喜ばれるよ。詰め合わせだとちょっとお得」
慣れた口上なのかてきぱき説明してくれる男の子が取ったのは大きな瓶に数種類の干した果物が入ったものだった。ビンにはスファンの絵姿と店名が書き込まれ、裏には果物の種類が書かれている。
「健康にもいいよ。消化を助けてくれる果物とか、風邪を引いても喉を痛めない物とかも入ってる。これ、説明書きね。水で戻した方が効果がある果物もそこに書いてある」
「へぇ。面白いね」
「果物は町の名物だからね。女性向けだと他に香水とかもあるよ。お姉さんにはこれとかお勧め」
「リオ、どう思う?」
「これ以上目立ちたくないからやめた方がいいよ。それに、匂いが強いものは俺も苦手」
「リオが苦手ならいらない」
ドライフルーツの詰め合わせの値段を見るとその安さに驚く。話には聞いていたが、本当に安い。
「この値段なら二つ貰おうかな。母さんは喜ぶと思うし」
「まいどー。贈り物ならリボンもつけるよ。サービスに」
「片方にはリボンをつけて」
「はいよー」
カリルの分には目印代わりにリボンをつけてもらう。明るい色は嫌がるだろうからと、灰色のリボンを選んでお願いした。
てきぱきと手を動かす少年を眺めつつ、リオは財布から代金を取り出す。
「こんなに安いのは驚きだよ。実家でも山で取った果物を干して売ってるけど、倍くらいで売ってるのに」
「そりゃあ、自然に生ってる果物と違って安定して数を揃えられるし安くもなるよ。それに、最近は見ないけど義賊ネコの奴もいたからぼったくりはないね」
「義賊ネコ?」
聞きなれない単語に思わず聞き返すと、男の子は包装を終えた瓶詰を差し出しながら頷いた。
「半年くらい前までよく見かけた泥棒猫だよ。二割増し以上で土産物を売ってるとどこからともなく現れて商品をかっさらっていくんだ。食べられないものでも関係なく盗むし、衛兵詰め所に盗んだ商品を置いていくから何が目的なのかもわからない。ぼったくり店からしか盗まないから義賊ネコって呼ばれてる」
「変な泥棒猫だね」
「大柄な黒猫で尻尾の先だけ茶色なんだ。スファン様と喧嘩してるのを見たって奴もいるけど」
「神霊と喧嘩したの? その泥棒猫、よく無事だったなぁ」
「まぁ、スファン様は縄張りに入っても追い出すだけで殺そうとはしないから。怪我をしても知らんぷりだけど」
代金を受け取った男の子は店の中を指さす。食べていくかと聞いているのだろう。
リオが無言で頷くと、男の子は中に声をかけた。
「話題のお客さん二人入れるから、奥の席にお願い!」
「話題? うわっ、本物だ。どうぞ、奥へ」
胡散臭そうな目でこちらを見た料理人がリオ達に気付いて手の平を返す。
料理人の反応に苦笑しながら、リオはシラハを連れて店内に入った。




