第二十五話 魔法斬りの危険性
「なんだか、いつも幕引きに関われていない気がする」
しっくりこずにむすっとした顔でリオは呟き、病室の窓から外を見た。
遠くに見える防壁のさらに向こうで、ガルドラットたちがテロープの縄張りへと踏み込んで掃討戦をしているはずだ。
「すぐに無茶をするからこうなるの!」
リオの視界を閉ざすように、シラハが窓をぱたんと閉める。丁寧にカーテンで覆う念の入れようだ。
諦めたリオが窓から視線を外すと、シラハは満足そうに頷いてリオのベッドの横に座る。
白いテロープの突進を受けた満身創痍の身体で無茶苦茶な動きをした挙句、各部の身体強化を限界以上に引き上げての魔法斬りを行なったリオはボロボロだった。
打撲や裂傷、貧血、気道の損傷、右肩の脱臼、その他もろもろ。
リオを診察した医者はなんでそんな無茶をしたのかと問いただし、詳細を聞いて呆れ半分感心半分にこう言った。
『そんな無茶をしてこの程度で済んだのは、ガルドラットさんから体の動かし方を教わっていたからだね』
村にいた頃のリオではこの程度の怪我では済まなかったという医者の診たてに、シラハはとりあえずリオの監視を強化した。
入院以来、シラハの視線を感じない一瞬がないほどの監視ぶりである。絶対に病院から出さないという決意を感じた。
流石のリオも病院を抜け出そうとは思っていない。邪魔にしかならないことを分かっているからだ。
窓の外も見れないのでは暇で仕方がないと、リオは暇つぶしになりそうなものを探して部屋を見回す。
その時、病室の扉がノックされた。
暇つぶしが向こうからやってきたと、リオは扉の向こうに声をかけようとして、シラハに口を押さえられた。
「大きな声を出したらダメ!」
喉を傷めているリオを気遣って、シラハが代わりに声をかける。
「どうぞ」
扉が開かれ、ギルド受付の老人が入ってきた。右腕に包帯が巻かれているが軽傷で、仕込み杖も床につかず携えている。
後ろ手に扉を閉めた老人は来客用の椅子に腰を下ろしてから口を開いた。
「意外と元気そうだな」
「二日ほど安静にしていろと言われてます」
「あの戦場で命を拾っただけマシだ。何人死んだかしれんからな」
「ヨムバンさんは?」
「先ほど意識が戻った。現場復帰は難しいだろうが、資料整理でもなんでも仕事はある。何しろ人が少ないからな」
難しい顔をして、老人はちらりと閉じられた窓を見た。
「こんな話をお前たちにしても意味がないな。本題に入ろう」
「本題?」
てっきり見舞いに来ただけだと思っていたリオがおうむ返しに呟くと、老人は眉間に皺を刻み、重々しく頷いた。
「退院次第、この町を出ろ。護衛にジャッギ達をつける」
「いや、いきなりですね。人手が足らないって話をしていたばかりなのに」
防衛戦で冒険者も自警団も死者が多数出ている。猫の手も借りたい状況にもかかわらず、戦力になるリオ達をすぐに町から退去させたいというのは理屈が通らない。
老人はリオを指さした。
「このまま町にいると、お前は拉致されるぞ」
「どういうことです?」
「……私が許さない」
「シラハは黙ってて。話がこじれるから」
リオはシラハの口の前に手を突き出して発言を遮る。
老人が詳しい事情を話し始めた。
「防衛戦でリオがガルドラットの奴隷の首輪にかかった魔法を斬っただろう。ガルドラットを救ってくれたことには深く感謝している。だが、あれが問題になっている」
リオが奴隷の首輪を無効化する場面は防衛隊も目撃している。そうでなくても、奴隷の首輪をつけていたはずのガルドラットが戦闘の終結時には自由の身になっていたのだから、誰でもおかしいと思うだろう。
「奴隷の首輪を正規の手続きを踏まずに無効化できる。つまり、リオは犯罪奴隷だろうと解放できてしまう」
「……あぁ、言われてみれば、確かにまずい」
奴隷は産業として成り立っている。奴隷の首輪は財産たる奴隷の逃亡を許さない保険の一つだ。
その保険を、リオは一方的に解除してしまえる。
「奴隷商たちがギルドに探りを入れてきた。それに、この町には大小様々な犯罪組織が根を下ろしている。今までは冒険者や自警団が強く、押さえつけていられたが」
「いまは戦力が大きく減った?」
「あぁ。それに、犯罪者の集団とはいえこの町の他に行くところもない連中だ。あんな連中でも町を守る気概だけはある。まだテロープやブラクルの生き残りがいる以上、あんな連中でもむやみに取り締まって町の防衛力を下げるわけにはいかない」
業腹だ、と老人は不愉快そうにため息をつく。
「まだ小さな組織にまで話は広まっていないが、奴隷商の動き次第では守り切れなくなる。飼い殺しにされる前に町を出た方がいい」
「分かりました」
リオとしても、町に拘束される状態は望ましくない。素直に言うことを聞くことにした。
「護衛をつけてもらえるってことは、命を狙われる可能性もあるってことですか?」
「命までは狙われないだろう。リオはガルドラットの首に切っ先を届かせたんだ。どこだって無闇に仕掛けたりはしない」
戦場でテロープやブラクルとの挟み撃ち状態とはいえ、リオは確かにガルドラットの首へと剣の切っ先が届いている。
この町においてガルドラットは最強の剣士だ。そのガルドラットに一太刀入れた事実は重く、リオの身柄を狙う者たちも慎重に動いているらしい。
「戦力が落ちたとはいえ、ギルドの後ろ盾もある。数日は大丈夫だろう。今日の夜にはガルドラットたちも帰ってくるはずだ」
「入院中の心配はいらないんですね」
「いや、警戒はしておけ」
あまり治安は良くないのだからと注意を促され、リオは窓を横目に見る。
入院中、窓は開けられそうになかった。




