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見切りから始める我流剣術  作者: 氷純
第二章 師を追う男

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第十九話 悪夢の再来

「人が多い」


 門に着くなり、シラハが呟いた。

 リヘーランの町はぐるりと防壁に囲まれ、その周囲を幅広の空掘が囲んでいる。畑二面分の幅がある空堀には跳ね橋が渡されており、その向こうには防衛隊と冒険者が陣を張っていた。

 普段ならば陣は張られていないはずだ。リオ達がブラクルの死骸を持ち帰った時も陣は影も形もなかった。

 解剖中に急造された防衛陣地なのだろう。

 急造とはいえ、普段から訓練を積んでいるらしく防衛陣地は馬防柵が備わり、跳ね橋の出口を囲んでいる。


 リヘーランの悪夢の記憶がよほど色濃いらしく、冒険者も防衛隊も真剣そのものだ。


「ブラクルが死骸を取り戻しに来るとは限らないのに、物々しいですね」

「いざ襲撃があった時に準備ができていない方が問題だ。空振りに終わるとしても、本番を意識した訓練だと割り切ればいい」


 老人はすっぱりと言い切り、跳ね橋を渡り始める。


 リオはシラハと共に跳ね橋を渡りながら、防壁の上を見上げた。弓を携えた何人かの狩人がリヘーランの森を監視しているほか、数は少ないながらも魔法使いらしき姿もあった。

 この規模の町ともなると防衛力も村の比ではないな、とリオは感心する。


 だが、騎士などはいないため、装備も統一されておらず作戦が立てにくい。ガルドラットの薫陶を受けた実力者は多いものの、個人の武勇に優れているだけで連携は不得手だ。

 指揮官の腕の見せ所だが、専門的な知識を持っているわけでもないギルドの人間や防衛隊長が指揮官であり、柔軟性には欠けるだろう。

 老人に連れられて防衛隊の陣地に入る。馬防柵や松明に囲まれた陣内にはところどころに消火用と思しき水がめも配置されていた。


「……来たか」


 防衛隊長らしき恰幅の良い中年男性が老人を見て椅子から立ち上がる。

 やや太ってはいるものの、脂肪の内側に筋肉がしっかりとついているのが動きで分かった。


「仮称が決まったとの報告は受けている。弱点は分かったか?」


 眼鏡の女性が報告書を差し出す。


「取り急ぎ調べた結果です」

「ありがとう。君たちはこのまま各班に弱点部位を伝達してくれ」

「了解しました」


 眼鏡の女性たち学者組が出ていくと、防衛隊長がリオ達を見る。


「君たちが初討伐者か? 剣士のようだが、線が細いな。ミロト流か?」

「いいえ、我流です」

「我流か。身体強化を効率的に使うミロト流ならいろいろと聞いてみたかったが、我流ならそれはそれで興味があるな」

「――おい、世間話をしている場合か」

「すまん、すまん」


 老人に注意されて、防衛隊長は軽く笑って流す。

 防衛隊長はすっと目を細めて森を見た。


「門での記録によると民間人が七名、町の外に出ている」

「門で外出記録なんてとってましたっけ?」


 リオが思わず質問すると、防衛隊長は苦笑した。


「冒険者はギルドでの依頼受注時に記録を取っているから門では顔パスだ。他所から入ってくる人間に対しても同じだな」

「なるほど。教えてくれてありがとうございます」

「いや、確認は大事だ。それで、ギルド側はどうなってるんだ?」

「五名、外に出ている。だが、うち二名はおそらく死亡している」


 二人と聞いて、リオは眉を顰める。

 リオとシラハが発見したベテラン冒険者の遺体は一つ。だが、三人組で活動しているとのことだった。

 老人はリオをちらりと見て肩を軽く叩いた。


「お前のせいではない。むしろ、よく見つけてくれた。――残りの三名は商隊の護衛で昨日の朝に出発している。付近にはいないはずだ」

「なら、民間人七名の保護が最優先か。……人質を取られた場合は?」

「相手の頭数がこちらと同数なら、無視する」

「嫌な仕事にならないといいな」

「まったくだ」


 同意した老人は防衛隊長にブラクルの急所や現在判明している特徴などを説明する。

 口を挟まずに説明を聞き終えた防衛隊長はリオとシラハに声をかけた。


「斬った感触はどうだった?」

「触手の根元はそれなりに硬かったですけど、俺の腕でも斬り落とせました。不安定な枝の上ですら斬れたので、冒険者や防衛隊で斬れない人はいないと思います」

「ちょっと身体強化をして握手をしてみてくれ」


 リオの筋力を測りたいのだろう。防衛隊長は自身も身体強化を発動しながら手を差し出した。

 リオが握手に応えると、納得したように防衛隊長は頷く。


「この様子なら、誰でも斬れるな。接近できればの話ではあるが……」

「触手は俺の身長よりも少し長いくらいです。一息に距離を詰めれば斬れますよ」

「防衛隊は重装備なんだ。テロープを仮想敵にしていたんでな。槍を持っている奴に胴体を狙わせた方がいいかもしれん。胴体を斬ったのはそっちの娘だな?」

「斬ってない。突いた」

「わざわざ訂正するほど重要なことか?」

「斬る場合だとあばら骨か、体を支える四本の骨に当たって振り抜けない。突いて抜くを徹底しないと武器を取られる」


 シラハが解剖図を指さして説明する。


「形状は動物の脊椎と同じ。ある程度は曲げることができる構造。私が突いた時、傷口を広げようと横に剣を薙ごうとしたけど、ブラクルはそのまま体を曲げてあばら骨の間に剣を挟み込んで動かせなくしようとした」

「それで、貫くまで押し込んだのか?」

「刃の感触で硬いものに挟まれているのは分かったから、奥まで突き刺して致命傷を負わせた方がいいと思った」


 理路整然としたシラハの説明に防衛隊長は納得顔で頷いた。


「突いて抜く、か。周知させた方がいいな」

「その点についてはすでに情報共有を図っている」


 老人が言う通り、訓練場での解剖に同席した学者たちが防衛隊の各班に伝達しているはずだ。


「仕事が早い。他は緊急マニュアル通りか?」

「順調に進んでいる。あとは何事もなければ――」


 老人が言い切る前に、森の方から悲鳴が上がった。

 反射的に森を見た老人と防衛隊長が硬直する。

 リヘーランの森から数人の若者が逃げてくる。


「リヘーランの悪夢だ!」


 叫びながら逃げてくる若者の後ろ、リヘーランの森からテロープの群れが姿を現す。

 テロープの群れを見て、老人が天を仰いだ。


「最悪の展開だ……」


 リヘーランの森から現れたのはテロープだけではなかった。

 触手を絡めるようにしてテロープに騎乗したブラクルまでもが現れる。

 明らかに統率され、陣容を整えたそれはもはや軍と呼ぶのにふさわしい様相を呈していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 乗っただけ融合だ!
[一言] 奴隷で留まって居る意味が分からない 単純に無知だからと言い訳したいのだろうが 自身を本当に追い込むのであれば奴隷で無い方が明確ですよね?
[良い点] 理路整然と「斬る」ではなく「突く」べきだとする流れと、それを共有しようときちんと聞く姿勢。こういうの好きです。 [気になる点] 騎乗ってお前・・・お前・・・
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