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見切りから始める我流剣術  作者: 氷純
第二章 師を追う男

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第十八話 解剖研究

 黒い蝋の生物の死骸を町に持ち帰ると、すぐに受付の老人が立ち上がって指示を出し始めた。


「防衛隊に連絡しろ。防衛隊から代表が到着次第、解剖を始める。死骸を取り戻しに来るかもしれんから、手すきの冒険者は町の防衛強化に動け」


 待ち伏せなどを行う高い知能の持ち主だ。群れを成している以上、仲間の死を弔う感性があってもおかしくはない。

 リオは村を襲った猿を思い出す。

 あの猿たちも指揮官が討たれると激高していた。恐慌に駆られる猿たちもいたが、いずれも高い社会性が窺える。

 老人がヨムバンを見る。


「死骸は訓練場に運べ。ガルドラットの知見が欲しい」

「了解しました。それと、この二人がこの生物を仕留めましたので、彼らの意見も聞いた方がいいかと。特に戦闘時のことについては生物の反応も含めて聞き取るのがいいと思います」

「……新入りが仕留めたのか? やるな、お前ら」

「待ち伏せが失敗して向こうも動揺していたので、隙をついただけです」

「だとしても、大手柄だ。死骸があればわかることも多い。対策も立てやすいからな」


 運ばれる死骸と共に訓練場に入ると、壁際にいたガルドラットがマスクや手袋を準備し始めた。

 ちらりとリオに目を向けたガルドラットは無言でマスクと手袋を差し出してくる。リオ達もつけろということらしい。

 事情聴取程度で終わると思っていたリオは戸惑いながらも受け取った。


「あ、そうだ。墓参りもしておきました」

「……そうか。感謝する」


 短く礼を言って、ガルドラットは落ち着いた表情で老人を見た。


「解剖か?」

「取り急ぎ、弱点となりそうな部位を特定してほしい。形状からまるで推測ができないのでな」


 老人が言う通り、黒い蝋の生物はその外観から既存の動物に当てはまらない。触手だけでも異質だが、頭に当たる部分が見受けられず、手足もない。

 三つの死骸の内、触手が断ち切られた二つの死骸を見たガルドラットがリオを見る。


「斬ったのか?」

「樹上にいたので、肉薄して斬りました」


 シラハが地上で戦闘している間に、リオは身体強化を利用して枝の上に飛び移り、黒い蝋の生物に襲い掛かった。


「枝に触手を絡ませて自分の体を固定したり、触手で枝を掴んで移動するみたいです。触手の動きは結構速かったですけど、俺を察知するまでに時間がかかっていました」

「……察知されたのは触手に触れた時か、枝を揺らした時か?」

「両方ですね。振動を感知すると動き出していました。多分、音にも敏感に反応します」


 リオの証言を聞いて、ガルドラットは触手にメスを入れる。

 黒い蝋の層をはぎ取り、その下にある薄い鱗が張り付いた皮を剥く。


「ほぼ筋肉。脂肪はあまりない。中心に管状器官。触手中央付近に蝋の分泌器官と思しき内臓――」


 呟きながら解剖を進めていくガルドラットを見ていると、訓練場に防衛隊から派遣されてきた数名の男女がやってきた。

 防衛隊所属にしてはあまり戦えるようには見えない。それもそのはず、危険な新種の生物が多く発見されるリヘーランだけあって、生物を研究する学者なども対策を練るための作戦部に所属しているらしい。

 ガルドラットに一礼して、代表らしき眼鏡の女性が声をかける。


「リヘーランでは見たことのない形状の生物ですね。陸生でこれは珍しい」


 陸に住む生き物でなければ似た生き物がいるのかと、山育ちのリオはガルドラットを見る。

 ガルドラットは生物の胴体を切り開きながら答えた。


「外見はイソギンチャク。しかし、体構造はかなり異なる」


 ガルドラットが切り開いた生物の胴体は四本の太い骨が支柱となっており、人間のあばら骨に似た横向きの骨が内臓を守っていた。


「この奥にあるのが心臓、でしょうか?」


 学者たちが集まって専門的な話をしている横で、リオはとにかく知識を頭にたたき込もうと口を挟まずに集中する。


 ガルドラットたちによれば、この生物は脳が発達しており、触手の根元の感覚器で振動や光、音を感じ取る。

 リオが発見した触手の根元は黒い蝋で覆われていないのも、感覚器があるため覆ってしまうと鈍くなるのが理由のようだった。

 触手は筋肉で構成されており、骨がない。分泌する蝋は水を弾き、固化するとやや膨張するためか水に浮く。


 調査を続けるガルドラットたちを見ていると、眼鏡の女性が思い出したようにリオを見た。


「この生物の仮称は?」

「俺が決めるんですか?」

「あなたが初の討伐者でしょう? なら、慣例的にあなたになるわ」


 いきなり命名しろと言われても、リオは候補が思い浮かばない。

 同じく初討伐者であるシラハに任せてしまおうと、リオは声をかけた。


「頼んでいいか?」

「うん」


 リオに頷き返したシラハはぼやっとした顔で訓練場を見回し、眼鏡の女性たちが胸につけているネームプレートをざっと読んだ後、命名した。


「ブラクル」

「……あぁ、じゃあそれで」


 シラハが女性たちのネームプレートの頭文字を繋げて命名したことに気付きながらも、リオは追認した。

 老人は苦笑したが、何かの単語と被るものでもない。


「いいだろう。ヨムバン、各所にこの仮称を報告しろ。以後はブラクルで呼び名を統一する」


 老人が指示を出している間、眼鏡の女性たちが解剖結果を紙に書き込み始めた。

 一人、マスクや手袋を外して老人に歩みよったガルドラットが報告する。


「効果的に仕留めるなら、触手の付け根から胴体へ深く剣や槍を突き刺すのが良い。黒い蝋や鱗、骨による防御がなくすんなり刃が通る」

「他に手はないのか? 触手をかいくぐれる冒険者は限られる」

「胴体を支えるあばら骨の隙間を突けば、心臓に届く。観察すれば、あばら骨の位置は見えるはずだ。体を屈曲させる関係で、黒い蝋に横一線の筋が刻まれる。その筋への刺突であれば、あばらに弾かれずに剣が刺さる」

「分かった。各所に伝えよう。申し訳ないが、この死骸の処分を頼む」


 奴隷のガルドラットへ命令はせず、あくまでも頼み込んでから老人はリオとシラハに向き直る。


「リオ、シラハ、一緒に来てくれ。防衛隊長と情報共有をする。戦闘時のことを聞かれるかもしれん」


 解剖結果をまとめた紙をファイルにまとめた眼鏡の女性たちと共に、訓練場を出る。

 リオはふとガルドラットを振り返った。

 ガルドラットは壁に安置されている剣を静かに見つめていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ブラ(ックテンタ)クル
[良い点] ガルドラットさん慕われてますね [気になる点] 繁殖は活発なのでしょうか ねずみ算式は恐ろしい [一言] 食べるどころか価値が見いだせそうにない生物 剥製にして門前に飾れば圧がある?
[一言] 「円筒」の方向(垂直か水平か)がわからず、ハルキゲニアみたいなものを想像していましたが、イソギンチャク(上下逆?)でしたか……。 ブラクル。ブラウザクラッシャー!(笑) 黒い蝋を吐くからブラ…
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