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見切りから始める我流剣術  作者: 氷純
第二章 師を追う男

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第十六話 黒い蝋

 ギルドに到着したリオとシラハはまっすぐに受付の老人に話しかける。


「森で遺体を見つけたので、ドッグタグを回収してきました」

「……そうか。見せてくれ」


 一瞬表情を曇らせながらも私情を挟まずに促す老人に、リオは回収したドッグタグを提出する。

 ドッグタグに彫られた名前を見た老人が一瞬硬直し、リオを見上げた。


「他に遺体は?」

「ありませんでした。何人組かで活動している人だったんですか?」

「三人組のはずだ。いずれも五年前から在籍しているベテランなんだが」


 老人の言葉が耳に入ったのか、居合わせた冒険者たちがリオ達に注目する。

 老人は冒険者たちの注目を気にせず、リオに問う。


「遺体の状態は?」

「順を追って説明させてください」


 獣道で血痕を発見したところから説明すると、老人はカウンター裏から地図を出して発見現場を指さした。


「ここか。テロープの縄張りから外れているな。血痕が残されていた場所ですでにこと切れていたとすれば、木の上に吊るす意味もない。テロープでないとすれば――」


 眉間に皺を作った老人は仕込み杖を片手に立ち上がった。


「少し気になる。調査員を出そう。帰ってきたばかりで悪いが、新入りには道案内を頼む。おい、小銭稼ぎをしたい奴は護衛に来い」


 聞き耳を立てていた冒険者たちに、老人は乱暴な言葉で依頼を出す。

 いつものことなのか、苦笑しながら文句も言わずに立ち上がった数名の冒険者が受付にやってきた。

 老人は報奨金額と必要最低限の注意事項だけを書いた依頼書を冒険者たちに渡し、ギルドの奥から調査員らしい壮年の男を呼び出す。


「ヨムバン、調査だ。例の件かもしれんから、サンプルも持っていってくれ」

「了解です」


 どっしりとした野太い声で応じたヨムバンはざっと冒険者たちを見回して面子を確認してから奥へ引っ込んだ。

 ヨムバンの広い背中を見送りつつ、リオは老人に尋ねる。


「例の件というのはテロープですか?」

「分からん。新種の獣がよく見つかる森だからな」


 そう言って、老人は受付の後ろにある資料棚から一冊のファイルを抜きだした。


「この一年、冒険者が散発的に死亡している。それだけなら残念ながら珍しいことではないんだが、その中で不審な死に方をしている奴らがいる」


 話の流れからするとリオ達が見つけた冒険者の遺体もその不審な死に方に分類されるのだろう。

 だが、獣の中には横取りを恐れて木の上に獲物を運んでからゆっくりと食べる種類もいる。なにが不審なのか、リオに思い当たるところはない。

 シラハはどうだろうかと目で聞いてみるが、シラハはゆっくりと首をかしげるだけだった。

 リオとシラハの様子を見て、老人は不審な点を説明してくれた。


「冒険者が利用する獣道まで撤退できたにもかかわらず、殺されているのがまず一つだ。獲物を追っていても、人のにおいが濃すぎる獣道まで来る頃には獣も身の危険を感じて撤退する」

「それはテロープでも、ですか?」

「むしろテロープの方が深追いはしてこない。自身が待ち伏せを使うから警戒してやがるんだ。それに、木の上に吊るすこともない」


 つまり、件の冒険者はテロープではない別の獣にやられた可能性が高い。

 五年前からこのギルドに所属して森を知り尽くしているベテランが不覚を取るほどの相手となれば、調査の必要性も高くなる。

 老人は続ける。


「それに、現場には時々黒い蝋のようなものが残されている」

「蝋? 蝋燭に使うあの蝋ですか?」

「あくまでも近いものだ。一部の虫は体を蝋で覆うが、冒険者の遺体を見る限り大型の肉食動物にやられている」

「それで新種の可能性があるからなおのこと調査したいんですね」

「そういうことだ。黒い蝋は見たか?」

「いえ、気付きませんでした。シラハは?」

「……見てない」


 少し思い返すようなそぶりをした後で、シラハも首を横に振った。


「薄暗い森だからな。見落としたのかもしれん。いずれにせよ、調査は必要だ」

「分かりました」


 リオもシラハも森の深部探索初日ということもあって体力に余裕を残している。断る理由はなかった。

 冒険者たちやヨムバンの準備が整い、リオ達はすぐにギルドを出発する。


「陽が落ちる前には調査を終えて森の入り口まで戻りましょう」


 ヨムバンの宣言にリオ達は頷いて、やや駆け足で森へ向かう。

 調査員のヨムバンはもちろん、冒険者たちもリヘーランの森に慣れているため、森に入っても足は鈍らなかった。

 現場に到着すると、冒険者たちは指示を受ける前に周囲を警戒する組と調査を手伝う組に分かれ、ヨムバンはリオとシラハに向き直る。


「遺体が引っかかっていた枝というのはどれですか?」

「あの木です。少し蛇行して北へ伸びている枝ですね」

「なるほど。少々高いですが、熊でも登れる太い枝ですね」


 遺体の状態を検分しながら、ヨムバンは訝しそうに周囲を見回した。


「周囲に獣の足跡はなく、下草が倒れているわけでもないですね」

「それは気になっていました。血痕も草の上に水滴状になって落ちた跡がほとんどです」


 遺体を引きずれば血痕は擦れるものだ。水滴状に落ちるということは、最低でも傷口は地面から離れた位置にあったことになる。

 四足歩行の獣であれば獲物を引きずることはあっても担ぐことはできない。血液が水滴状に落ちるのは珍しい。


 むしろ、人間が遺体を担いで運んだと考える方が妥当だ。しかし、足跡がないのは気にかかる。

 武装した人間一人を運ぶ以上、足には当然二人分の重量がかかる。足跡は容易には消えず、故意に消しても痕跡が残る。

 シラハが頭上を見上げた。


「枝を伝って吊るしながらここまで来た」

「一番妥当な解釈がそれでしょうね。皆さん、樹上を調べてください。黒い蝋があるはずです」


 ヨムバンの指示を受けて、冒険者たちが巧みに木を登る。

 すぐに発見報告が舞い込んだ。


「黒い蝋があった。あまり多くはないが、サンプルがいるなら小瓶に詰めるぞ?」

「お願いします」


 サンプル回収を冒険者に任せてヨムバンは黒い蝋が見つかった木をざっと模写して幹に番号札をかけた。

 黒い蝋を追いかけていくと、リオ達が最初に見つけた血溜まりにたどり着く。

 周囲をくまなく探したが、他に黒い蝋は見つからなかった。獲物を追いかける時にだけ黒い蝋を出すのか、それとも回収されたのか。

 空を見上げたヨムバンが冒険者たちに集まるよう指示を出す。


「そろそろ日が暮れます。調査を切り上げて帰りましょう。念のため、待ち伏せに注意して――」


 ヨムバンが撤収指示を出し掛けたその時、森の奥に続く獣道を猛スピードで走ってくる四人組の冒険者が見えた。

 反射的に武器に手をかけたリオ達だったが、酒場で見かけたことのある上位の冒険者だと気付く。

 後方を気にしていた四人組もこちらを見つけたらしく、声を張り上げた。


「黒い蝋の生物に追われてる! お前らも逃げろ!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 黒い蝋は生まれた直後の生物が落とし損ねてる羽化液みたいなものだったりして
[一言] 黒い蝋か…… 蝋と言えば蜂の巣の蜜蝋辺りがメジャーだけど 羊毛から採れる羊毛蝋も在るわネ
[一言] 森で良くないものが増えてるのか、育ってるのか… なんというかこの地域が人間の領域でなくなるかどうかの分水嶺って雰囲気がありますね
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