第十一話 リヘーランの悪夢:上
騎士には二つの出自がある。
騎士爵家に生まれ、家業を継ぐ形で騎士と成る者。技術、功績を認められた平民が取り立てられた者。
ナック・シュワーカーは後者、元平民だった。
仕えるオルス伯爵家は由緒ある家柄の地方貴族だ。
召し抱えている騎士たちは領内の土豪から出ており、やや選民意識が強いことが知られていた。しかし、土豪であるがゆえに土地を守る気概は強く、土地の者を守ることには実に積極的だった。
問題はナックの出自である。
騎士たちは守る対象である平民は慈しんだが、それが同僚となるといい顔をしなかった。守るのは自分たちの領分であり、平民は経済活動に従事してもらわねば自分たちの実家の収益が減ってしまう。
騎士たちの選民思想は従騎士を選ぶ段階で露骨に現れる。
平民の下で働くことを良しとせず、従騎士に名乗り出る者がいなかったのだ。
しかし、オルス伯爵家は選民的な騎士団の風潮に危機感を覚え、ナックを平民派として育てることで騎士団内での融和を目指していた。
オルス伯爵家が取った方法は、支度金をナックに用意し平民を召し抱えさせるというモノだった。
だが、平民にとってもナックの従騎士は旨味がない。勤め上げて騎士になれても、土豪派との対立が目に見えているためだ。命をかける集団に属しながら内部争いなどしたくないのが人情だろう。
さらに問題を複雑にしたのは、ナックの人格だった。
ナックは騎士団の選民思想に一切の興味を示さず、己の剣をもって土地と人を守ることのみに注力していた。その目的のためならば、従騎士として奴隷を購入するほどに。
平民ですらいい顔をしない騎士たちだ。奴隷を従騎士に召し抱えたナックとの間には決定的な溝ができてしまった。
その時、ナックが購入した奴隷こそが――
「――ガルドラット様だった」
墓守の男はそう結んで、リオ達にお茶と菓子を差し出した。
リオはシラハと顔を見合わせる。
騎士が奴隷になったのではなく、奴隷が騎士剣術を学んでいた。発想の逆転である。
「それって、他家からも馬鹿にされませんか?」
「奴隷騎士、などと呼ぶ声があったそうだ。ナック・シュワーカー様は気にしなかったそうだが」
墓守は苦笑して、話を続ける。
ナックに購入された奴隷、ガルドラットは粗暴な男だった。何しろ生まれながらの奴隷であり、まともな教育など受けていない。文字も知らず、自分の名前すら書けない始末だった。
ナックは容赦がなかった。
文字の読み書きはもちろんのこと、シローズ流に必要な解剖学的、医学的な知識に加えて礼儀作法を叩きこみ、騎士剣術を朝から晩まで文字通り叩き込んだ。
ガルドラットは最初のうちこそ反発していた。しかし、ナックが私費を投じて教育していること、最終的には奴隷身分からの解放と騎士にすることまでも視野に入れていることを知る。
行き詰まりの奴隷人生から先が開ける。その道を用意してくれたナックを、ガルドラットは心を入れ替えて尊敬し、犬のように付き従うようになった。
忠誠心はあっても、ガルドラットの振る舞いはまさに犬だった。当然、主人以外には元の粗暴な性格が表れ牙を剥く。
「――ある日、他領との交流試合があった。出場者の選別に際し、ナック・シュワーカー様を奴隷騎士と馬鹿にした同僚騎士にガルドラット様は激怒し殴り掛かったそうだ」
伝聞調ながらも、墓守の男は見てきたかのように語る。
「だが、拳が届く前に居合わせたナック・シュワーカー様に鞘で殴り飛ばされた。忠犬からすれば、主人の名誉を守るための戦いをなぜ邪魔されたのか分からなかっただろう。君たちは分かるかな?」
質問に、リオが思い浮かべるのは魔法を教えて欲しいと言い出したユードに対するオッガンの返答だった。
「騎士剣術で喧嘩しようとしたから、ですか?」
リオの回答に、墓守は感心したように目を細めて笑う。
「その通り。『騎士剣術を喧嘩に使うな、愚か者! 次にやったら斬り捨てるぞ!』とナック・シュワーカー様は激怒した」
厳しいながらも滅多に怒ることのないナックに叱られて、ガルドラットは納得がいかないまま矛を収める。
それからも日々は過ぎていき、今から五年前のこと、オルス伯爵家に救援要請が舞い込んだ。
それは辺境の森リヘーランのそばにできた砦町からの救援要請だった。
土豪で構成されるオルス伯爵家の騎士団にとって、全く無関係の砦町を防衛しろという要請だ。土地勘は当然なく、士気もあまり高くはなかった。
平民出身でどんな土地でも騎士の務めを果たそうとするナック・シュワーカーが救援部隊に組み込まれるのは自然な流れだった。
騎士と従騎士、総勢二十名の救援部隊はリヘーランへと急行し、すでに組織されていた討伐隊や守備隊と合流する。
町を脅かす新種の獣、テロープについての情報を得た救援部隊はその戦術的な動きに頭を抱えることになった。
主君であるオルス伯爵の意向でナックが加わっているものの、騎士団内の連携は取れていなかった。ただの獣であればともかく戦術的な動きをする相手となれば、不和がもとで連携が崩れかねない状態は危うい。
そこで救援部隊は二つに分かれることになる。討伐隊と共に攻める騎士たちと、守備隊と共に守る部隊だ。
ナックと従騎士ガルドラットは守備隊として砦町の防衛に当たることになった。
砦町を出発した討伐隊はその日のうちにテロープの群れとの戦闘に突入する。
「――討伐隊は半刻で半壊した」
墓守の言葉に、リオは息を飲む。
「半壊、ですか?」
「あぁ。騎士と従騎士十四名、この町からの志願者と冒険者が三十名、計四十四名の内、無傷の者はいなかった。町に戻ってきたのは騎士三名、従騎士五名、志願者が九名、冒険者が二名。計十九名。騎士の三名はその日のうちにこの町で息を引き取った」
獣の群れを相手にしたと考えれば、屈辱的な被害状況だ。
ギルドにまともな記録がないのも道理だ。オルス伯爵家の騎士団の名誉にかかわる。
シラハが首をかしげた。
「それがリヘーランの悪夢?」
「その序章に過ぎなかった……」
墓守は沈鬱な面持ちで続ける。
「逃れてきた討伐隊をテロープが追いかけてきた。騎士が目の前で殺されたのを見た志願者はパニックになっており、守備隊の陣形の中へと乱入、そこへテロープが突入して、守備隊は突破されてしまった」
いつの間にか、墓守の言葉から伝聞の色が消えて実体験らしさを帯びていた。
墓守は自らの罪を見せるように右の肩をはだけさせる。そこには何かに貫かれたような丸い傷痕があった。
「自分は守備隊に突入してしまった志願者の一人だ。あの日の市街戦、リヘーランの悪夢を引き起こした罪は自分たちにある」




