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見切りから始める我流剣術  作者: 氷純
第二章 師を追う男

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第五話  人体講習の時間だよ!

 ランクを上げるために依頼をこなし、昼にギルドに戻ったリオとシラハはその足で訓練場へと赴いた。

 この砦町は人口密度が高い。どうしても壁の内側に住むしかないため、訓練に利用できる空き地などはほぼないのだ。

 そんな町の中で二十人以上の冒険者が同時に訓練していても互いが邪魔にならない広大な訓練場に屋根まで付いているのは、この町におけるギルドの重要性を物語っている。


 リオとシラハは訓練用の木剣を持って、ゆっくりと型を確認しながら訓練を始める。

 我流剣術を使うことはすでに冒険者たちにも知られており、時折好奇の視線を向けられているが気にしない。


「速度上げよう」


 シラハに促されて、リオは無言で頷く。

 型のつなぎ方や姿勢を意識しながら木剣を振る速度を上げていく。

 元々、速度と手数で圧倒するのが信条の我流剣術だ。みるみるうちに速度は上がっていき、立ち位置もめまぐるしく変わっていく。

 加えて、競り合いや打ち合いは避けるため、リオとシラハの木剣は高速で振られていくのに音が全くしない。

 視線の中にシラハと同じような観察するようなものを感じ取り、リオは動きを止めた。


「……ガルドラットさん?」


 いつの間にか、ガルドラットがリオ達の近くにやってきていた。壁と奴隷の首輪を繋ぐ鎖の音もしなかったことにリオは驚く。

 ガルドラットは驚くリオを見下ろし、木剣の先でリオの肘を指す。


「……伸ばせ」


 あまりにも端的な指摘だ。

 どこまで肘を伸ばせばいいのか分からず、リオはガルドラットの表情を探りつつゆっくりと調整してみる。

 ガルドラットの眉がわずかに動いた瞬間を見逃さずにぴたりと止めたリオに、ガルドラットはややあって頷き、リオの足を木剣で軽く叩いた。


「開け」


 やはり短い指示。

 ゆっくりと開くと、ガルドラットの眉がわずかに動く。少し考えるような間があった。

 ガルドラットがシラハの方を向き、手招く。

 警戒するように近付いてきたシラハにガルドラットは指摘する。


「真似し過ぎだ」


 リオの動きを真似るあまり、シラハに合った動きになっていないと言いたいらしい。

 指導役としてはあまりにも口数が少ないものの、解剖学的な知識を必須とするシローズ流の使い手だけあって、体の動かし方を熟知しており、指摘は的確だった。

 ガルドラットの指示をいくつか守るだけで格段に体の負担が減ったのが分かる。

 リオの剣術は我流だというのに、きちんと合わせた指摘だった。


「凄え……」


 思わず感動してしまう。ガルドラットがこの町の冒険者から慕われるはずだ。

 シラハの動きも見違えて良くなっていた。リオの動きを模倣しているばかりで体格に合っていなかった剣の振り方、力の入れ方や抜き方が最適化されて一撃の鋭さが増している。


 リオはガルドラットの少ない言葉から順序立てて、論理立てて、様々な型に反映させるべく思考を巡らせ、要点を抜き出していく。

 ガルドラットの助言をリオが我流剣術に勝手に反映させていくのをガルドラットは口を挟まずに眺めていた。

 考えさせることの大切さも理解しているらしい。もともとの気質なのか、それともこの訓練場で培った経験からなのか。いずれにしても指導員としての資質を十分に有しているのが分かる。

 しばらく型練習をしていると、ガルドラットが眉間に皺を作っているのに気が付いた。

 リオは木剣を振る手を止めてガルドラットを見る。


「どうかしましたか?」

「……体を壊した経験は?」


 ドキリとする。

 猿との戦いで身体強化の限界発動を行い、ベッドの上で安静にしていた頃の記憶を思い出した。

 そんなことまで見抜くのかと驚いていると、ガルドラットはシラハを手招き、リオ達に背を向けた。


「来い」


 すたすたと衝立の方へ歩いて行くガルドラットに慌ててついていく。

 壁際まで来ると、ガルドラットは片手を突き出してそこで止まれと指示を出し、衝立の向こうへ消えていった。

 ほどなくして、羊皮紙の束を持って出てきたガルドラットはリオとシラハの前に座り込む。


「見ろ」


 ばさりと広げられた羊皮紙の束には人体図が描かれていた。

 今までも散々、様々な冒険者たちに見せてきたのだろう。所々が擦り切れて文字も擦れている。

 ガルドラットは羊皮紙をめくって足回りの筋肉を描いた解剖図を見せる。


「ここ、意識しろ」


 特定の筋肉、特に瞬発力に関わる部位を示して、自分たちの足を触るように指示して位置を認識させる。


「伸縮の限界を覚えろ。故障しやすい部位と事故事例も読め」


 淡々とリオ達の我流剣術に重要な筋肉の伸縮の限界やアキレス腱を始めとした事故に関して原因をまとめた羊皮紙を突き出してくる。

 医学知識までも絡むため難解な用語だらけだが、ガルドラットは口数少ないながらも親身に説明してくれる。

 シローズ流が代々まとめてきた重要な情報だ。下手をすれば門外不出の機密である。


 知恵熱が出るほどの情報量を叩きこまれながらも、リオは前のめりに羊皮紙とにらみ合う。

 オッガンから魔法の講習を何度も受けていたため、ある程度は難解な勉強に耐性があるだけでなく、自分が打ち込む我流剣術が確実に数歩前進する核心的な情報だ。一分の隙もなく頭に叩き込みたい。


 ちらりと横を見ると、意外にもシラハは興味津々だった。もともと理解力の高い娘だけあって、すんなりと医学知識も吸収しつつ別の羊皮紙にも手を伸ばしている。

 負けじと、リオは羊皮紙を読み進め、ガルドラットを見た。


「効率的な鍛錬の方法が書かれている紙はありますか?」


 ガルドラットが無言で羊皮紙を差し出してくる。

 むさぼるように知識を読み解こうとするリオを見て、訓練場の冒険者が呟いた。


「……普通、あんなに楽しそうにあれを読むか?」


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― 新着の感想 ―
[一言] ガルドラッドさんの価値が現状分かってる範囲でも高過ぎて値がつけられねぇ、なんなら口数少ないのも上に不安を抱かせないために意識してやってる可能性もありそう。
[一言] 理知的な冒険者(勿論、身体能力も高い)と脳筋な冒険者の比率ってどのくらいに落ち着くのでしょうかね。 上位冒険者は脳筋じゃ無理っぽいですけど。 (身体能力が優れていて「野生の勘」だけで何となく…
[一言] 「……普通、あんなに楽しそうにあれを読むか?」 こいつは伸びない。
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