第四話 依頼はさくさくこなしましょう
リヘーランの砦町は碁盤の目のような道路網と各所に配置された兵の駐屯所や冒険者ギルド提携宿により市街戦も想定した造りになっている。
危険な森に隣接していることもあって民間人でも武装しているが、不思議と喧嘩などの騒動は少ない。
この町の武装勢力は兵や冒険者だけでなく裏社会の組織も多々存在しており、少し奥まった道へと入れば公然と違法賭博が行われていたり、怪しい商品が売られていたりする。
シラハをそんな闇世界に連れて行く気もないリオは日の当たる大通りを並んで歩きながら避難経路などの確認をしていた。
時折シラハが失せ物探しの魔法で宝玉の有無を探すが、引っかかった様子はない。
「辺境の危険な町なんていうからどんなものかと思ったけど、物もいろいろそろってて普通に住みやすそうだな」
故郷のロシズ領でも都にでも行かなければ手に入りそうにない遠方の嗜好品も手に入る。少々値は張るが許容範囲だろう。
危険な森とはいえ、裏を返せば人の手がほぼ入っていない豊富な資源を有する手つかずの森でもある。そんな森が隣接しているため裏社会の組織が公然と事業を展開し、かえって物流が安定しているらしい。
まっとうな商人にはあまり旨味がない町のようだが、現状では組織間の力関係も拮抗していて商売で抜け駆けしようものなら他組織に目をつけられて逆に損をする。
絶妙なバランスを成り立たせているのは自警団と冒険者ギルドという二大武装勢力による治安維持活動だろう。
「あの人、ギルドで見た」
シラハの視線を追ってみると、ラフな格好をした剣士が欠伸を噛み殺しながら歩いていた。そこらのゴロツキが束になっても敵わないそんな剣士が休日に町をうろつき、問題があれば即座に制圧するらしい。
絶妙なバランスで成り立つ町だからこそ、騒動の取り締まりを行う冒険者たちは住人からの信頼を集めていた。
「……なんか、おかしいんだよなぁ」
リオは剣士に向けられる住人の視線に違和感を覚えて考え込む。
シラハがリオに首をかしげた。
「なに?」
「視線かな。冒険者に向ける信頼の視線と冒険者ギルドに向ける信頼の視線で何かが違うような。……もやもやするなぁ」
「あのお菓子美味しそう」
「興味が迷子かよ」
シラハに腕を取られて引っ張られた先には一軒の屋台があった。
乾燥粉末状態の果物や木の実がケースごとに小分けされており、水飴にそれらを好みで振りかけて食べるお菓子らしい。
水飴自体はそれほど高価ではなく、果物や木の実も森で採れたもののようで値段はお手ごろだ。
明日からは森で本格的に冒険者としての活動を行うことも考えると、ここでシラハのご機嫌取りをしておくのは悪くない。
リオは財布を取り出して店主らしき女性に声をかけた。
「すみません。二つお願いします」
「はい、少々お待ちくださいね」
派手な黄色に髪を染めた女性は見た目に反しておおらかな口調で応じる。
シラハがフレーバーを選んでいる間に、リオは会計を済ませつつ世間話ついでに質問する。
「故郷で見たことのない果物や木の実が多くて迷いますね。今が旬のものってどれですか?」
「旬のものだとやっぱり木の実だね。ピッズナッツとか、リヘーランでしか採れないものだと……これとかだね」
女性が加工前の木の実をいくつか取り出してみせる。形状と名前を覚えて、この町の市場でも手に入ることを聞き出したリオは心からの礼を言って、品物を受け取り屋台を後にする。
シラハと並んで水飴を舐めながら、リオは市場に足を向けた。
「シラハ、明日に備えて買い出しに行こう」
※
危険なリヘーランの森での採取には低ランクの冒険者が従事する。
そのため、ギルドにはいつも旬の果物、山菜、木の実や動物、渡り鳥などの納品依頼が用意されていた。
特に、リヘーランの森の一部は半ばギルドの私有地として扱われており、一般人は立ち入り禁止だ。その一帯は良質の狩場となっている。
まして、シラハには失せ物探しの魔法があるのだ。
「はい、次はこの木の実な」
市場で買ってきた旬の木の実をシラハに渡して失せ物探しの魔法を使ってもらい、手早く採取を行う。
森に入る大義名分として受けた依頼ではあるが、きちんとこなさないと怪しまれてしまう。しかし、単純に採取して回るとなれば時間がかかりすぎて宝玉を探す時間も取れない。
そこでリオが考えたのがこの方法である。
「こっち」
シラハの案内で森を歩き回り、普通の冒険者パーティが丸一日かける採取量を二刻足らずで終わらせる。
依頼を完遂して後は報告だけとなり、リオは木の幹に背中を預けて一息つく。
依頼品の採取の傍らシラハに失せ物探しの魔法を使ってもらい宝玉も探索していたが見つかっていない。
「まぁ、森の浅いところにあるはずもないか」
「大事なモノなら見つからないところに隠す」
「当然だな。こんな人の出入りが激しいところには隠さないか。とすると、奥に行かないといけないけど……」
森の奥へ行くのであれば、ランクEでは不足だ。獣に人間の味を覚えさせないよう、未熟者が奥へ行くのは禁止されている。
依頼をいくつかこなしつつ、ギルドの食堂で顔を覚えてもらってランクを上げないと調査は進められないだろう。
「ところでさ。大型動物の気配も痕跡もないんだけど、どう思う?」
「冒険者に狩りつくされてる」
「やっぱりそうだよな」
どうしても故郷を襲った猿がもたらした被害を思い浮かべてしまい、少し落ち着かない森だ。
ただ、はた目にはリヘーランとは思えないほどに平和な森でもある。藪が払われていて歩きやすく、危険な獣もいない。毒草の類にさえ気を付けていれば、故郷の山と同じくらいに平和だ。
ギルドで閲覧した討伐記録でも、森の浅い部分での大型動物は緩やかに減少していった形跡があった。リオの考え過ぎだろう。
「いったん町に帰ろうか。幸い、ランクDにはすぐ上がるらしいし、ここは地道にいこう」
「報告書は?」
「ラスモア様への報告書? リヘーランの悪夢って事件について問い合わせておこうかな。貴族様なら何か知っているかもしれないし」
ここはラスモアの家の領地ではないが、近い場所だけあってなんらかの情報を得ている可能性がある。
調査員の自分たちがラスモアの調査能力に期待するのは本末転倒な気もしたが、リオは考えないことにした。




