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見切りから始める我流剣術  作者: 氷純
第二章 師を追う男

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第一話  リヘーラン

 生まれ育った辺境の村ののどかな空気感とは全く別のピリッと張り詰めた空気が漂う森だった。

 リオは街道に立てられた立札を読む。


「腕に自信のない者は引き返せ」


 リオの隣に立って立札を読み上げたシラハが森へと視線を向ける。


「村って安全だったんだね」

「ここは辺境でも有数の危険地帯らしいから、比べるとどうしてもね」


 村でさえ、周辺の町と比べれば格段に危険な場所ではある。

 だが、ここ辺境の魔の森リヘーランは二か月に一度は邪獣が狩られ、魔法を使う動物、魔物が殺し合っている危険地帯だ。

 街道の先に見えてきた辺境の砦町リヘーランを観察する。

 石積みの外壁と空堀が備わり、門から空堀を渡すはね橋がおりている。これらの設備がすべて対人間ではなく邪獣や魔物に対する備えなのだから、この森の危険性を物語っていた。


「聞いていたより大きな町だな」

「人口一万人超えてるって、オッガンさんが言ってた」

「そんな人数、軍記物語でしか見たことないんだけど」


 想像もつかない人数にリオは少し不安になる。

 しかし、ここには次期領主であるラスモア・ロシズの依頼で来ているのだ。引き返せるはずもない。

 冬だというのに雪のない街道を砦町へ向かって歩きつつ、リオはラスモアの言葉を思い出す。


 多数の邪獣と魔物が生息し、開拓が進まないリヘーランは防衛のための砦が築かれ、資源を目当てにした冒険者や商人が密集した町を形成している。

 反面、リヘーランの中には裏組織のアジトや逃げ込んだ賊の類もいるため、危険性が高い。

 そして、ラスモアの調べによるとリヘーランの森では度々未知の動物や邪獣が討伐されている。

 森の奥から出てきたと思われているが、その中には高度な知能を有し、戦術的な視野で行動する動物もいるという話だ。

 村を襲った猿を思い出すその戦術的な行動に注目したラスモアから調査を命じられたのである。


「宝玉が見つかったことはないって話だけど、どうやって探したもんかなぁ」


 連絡役は出してくれるとのことだが、基本的にはリオとシラハの二人だけでの調査だ。


「村、大丈夫かな?」


 シラハがぽつりとつぶやく。

 シラハの不安をリオは明るく笑い飛ばした。


「大丈夫だろ。邪剣を持ったカリルもいるし、騎士も巡回を強化してるんだから。というか、村を出てまだ五日しか経ってないのに、もう家が恋しくなったか?」

「心配なだけ。お土産も考えないと」

「お土産なんかいるか? 次期領主様の依頼で来てるんだぞ?」

「リオは気が利かないからちゃんと面倒を見てって母さんに言われてる」

「悪かったな。気が利かなくて」


 シラハに言われるとお土産を買った方がいい気もしてくる。

 しかし、買うとしても用事が済んでからだ。


「まずは冒険者ギルドに入って、資料室から過去の討伐記録を調べるのと、押収品に宝玉があるかどうかの調査だ」

「オッガンさんの図鑑はあるかな?」

「そういえば、著書の図鑑があるんだっけ。シラハは読ませてもらってないのか?」

「貴重品だから町で読めって言われた」

「読んでくればよかったのに」


 村から町まではそこそこ距離があるものの、街道が整備されているため子供でも行き来はできる。

 泊りがけになるとしても、母に言えば宿代は出してもらえるだろう。

 シラハはリオを見て首を振る。


「リオを一人にしておけない」

「……あのさ、その庇護欲はどこから来るんだよ。俺はシラハよりずっとしっかりしてるんだからな?」

「でも無茶する」

「……やむを得ず無茶するしかない状況になるだけで、好んで無茶しているわけじゃないんだけど」

「リオが好んで無茶するなら、家に閉じ込めておく」

「怖っ」


 身震いしながら、砦町の空堀を覗き込む。

 深くはない。だが、幅はかなり広かった。


「この幅だったら畑二面分くらいありそうだね。もっと深く掘ってもよさそうなのに」


 リオは自分の家を思い浮かべ、空堀に入れてみる。一階部分はすっぽり埋まるだろうか。空堀は傾斜がついていて、簡単には這い上がれないようになっていた。


「幅を広くしないと防御魔法を抜かれて砦の壁を攻撃されるから」

「なるほど。魔法使い視点をありがと」


 シラハの解説に納得しつつ、空堀を渡す跳ね橋を渡り始める。

 人が十人くらい肩を組んで歩けそうな幅の跳ね橋だ。オックス流を始めとする騎士剣術で隊列を組んで防御が可能な幅であり、必要とあれば騎兵隊が突撃できる幅でもある。

 魔法を使う動物、魔物を想定して作られているだけあって人に対しても有効な造りをしていた。

 町に入るのに審査などはなく、門衛の兵士もリオとシラハをちらりと見るだけだった。


「……すっげぇ」


 町に入るなりその身を包む活気に思わず感嘆の声を漏らしたリオに、門衛の兵士がほほえましそうに笑う。

 通行の邪魔になってはいけないと、リオは照れ隠しもあってシラハの手を取り、すぐに門を離れた。


「なんか、すごいな」

「リオ、語彙に乏しい」

「仕方ないだろ。こんなに人間を見たのは初めてなんだからさ」

「野生児みたい」

「シラハにだけはそれを言われたくない!」


 リオのツッコミに、シラハは無表情でこくんと頷く。


「自分でも『あれ?』って思った」

「無自覚だったのかよ。まぁ、辺境の村育ちも野生児と大差がないといえばそうだけどさ。この町と比べたらなぁ。全員の顔と名前を覚えるの大変だよな、きっと。尊敬する」

「多分、同じ町に住んでいるからって全員分は覚えない」


 少しずれた世間話をしながら、リオとシラハは町の案内板を見て街道を曲がる。

 案内板によれば、この先に冒険者ギルドがあるはずだった。

 大きな宿が併設された石作りの建物が見えてくる。建物の周囲には生垣があり、可愛らしい黄色い花を咲かせている。

 大きな一枚板の看板に冒険者ギルドと書かれているのを見て、リオは建物を見上げた。


「思ったより可愛い建物だな」

「でも、防御魔法が張られてる」

「それな」


 生垣をくぐった瞬間に警戒していなければ分からないほどの違和感があった。防御魔法をくぐったからだと、シラハとの訓練での経験からリオも分かっている。

 よく見れば、生垣も鉄の柵が中に入っているのが分かった。建物も二階には魔法や弓での応戦ができるようにテラスが張り出しており、屋根も三角屋根ではなく足場が安定する陸屋根になっている。

 どれもこれも、襲撃されても即座に応戦できるように考えられているのだ。

 改めて、ここが危険地帯なのだとわかる。

 リオはシラハと目で会話し、タイミングを合わせて冒険者ギルドの扉を開いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 同じ共同体に属する人間の名前は覚えるものだという村育ちとしての視点がちゃんと描かれていてよい。読者はそんなわけないと思いますが、村育ちのリオくんからしたらそれが当然ですよね
[気になる点] リオたちの世界的に見た実力 [一言] そっかー、大切だから壊れそうならしまっとかなきゃな!!
[良い点] ここまで一気に読んじゃいました。面白いです。
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