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見切りから始める我流剣術  作者: 氷純
第一章 我流剣術を作る少年

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第三十七話 怨敵

 不気味なほどに静まり返る周囲を警戒しながら、リオはシラハを背中に庇って剣を抜く。


「危険な状況ってことは分かった。隠れ里の主は猿の邪獣かな?」

「状況的にそう考えるべきだな。特定の角度から入らないと侵入できないはずなんだが、オレたちは運が悪いな」


 苦い顔をして、カリルは腰を浮かせた。


「オレたちのことももうバレてる。包囲される前にここを離れて村に逃げ込むぞ」

「猿の群れを連れていくことにならない?」

「なるだろうが、オレたちがここで死んで、村が隠れ里の存在を知らないままの方がまずい。いまなら村に騎士もいる」

「分かった。俺が最後尾で、カリルが先導して」


 一番体格がいいカリルが先頭を行けば、続くシラハや自分も楽に通り抜けられると判断してリオはカリルを促す。

 カリルは危険な最後尾をリオに任せることに顔をしかめた。しかし、一番効率がいい陣形なのも確かだ。


「ラクドイの奴がいればな。行くぞ。魔法が飛んできても脚を止めるなよ!」


 木の根元を蹴り飛ばすようにして、カリルが一気に駆けだす。

 リオに背中を押されたシラハが後に続き、リオも後ろを警戒しながら走り出した。


 一瞬、周囲の景色が歪む。隠蔽魔法が掛けられた隠れ里の範囲を出たのだろう。

 直後、リオは視界の端に高速で迫る泥団子を見つけ、ベルトから鞘ごと剣を引き抜きざま泥団子を叩き落とす。

 訓練した歩法で足を止めず、リオはカリルやシラハの後を追いかけながら泥団子が飛んできた方向を横目で確認する。


 並走する巨体の猿の姿があった。

 目が合うと、猿は威嚇するように歯をむき、甲高い声で鳴く。その音は奇襲前に聞いたあの羽虫が飛ぶような高音だった。


「カリル! 奇襲に注意して!」

「注意してるっての!」


 カリルが答える間にも、猿は甲高い音で鳴き続けている。

 どこかで鳥が慌てて飛び立つ音がする。

 シラハが不安そうにリオを振り返った。


「……声が近付いてる」


 シラハが言う通り、甲高い鳴き声が山のあちこちから近付いてきていた。隠れ里への侵入者を生かして返さないつもりなのだろう。

 だが、これだけ騒ぎになっていれば村の誰かが聞きつけるはずだ。

 カリルがシラハを振り返った。


「何か派手な魔法を空にぶち上げろ。村に異変が伝わるはずだ」

「……うん」


 カリルの指示を受けて、シラハは走りながら詠唱を開始する。

 シラハの詠唱に気付いた猿が標的をリオからシラハに変更して石を投げつけてきた。

 リオは強く踏み込んでシラハの横に並び、剣の鞘でたやすく石を叩き落とす。普段の訓練でシラハが投げてくる光の玉の方がよほど速度があった。この程度なら対処ができる。

 とはいえ、飛んでくる石が一つだけならの話だ。

 合流した猿たちが集団で投げてくる石に対して、リオは鞘と剣を両手に持って対処するが、弾ききれない石は自分の体で受けるしかない。


「――っ!」


 鈍い痛みが腕や脚に残るが、死ぬような怪我ではないと言い聞かせる。

 詠唱を終えたシラハが空に赤い光の玉を打ち上げた。リオがすっぽり入ることができるほど大きな赤い光は空高くに舞い上がると派手な音を立てて四方八方に弾ける。

 オッガンの講義を一緒に聞いていたリオも知っている。祭りで使う演出用の魔法だ。


 猿が怒り心頭で吼え立ててくる。

 妙だと、リオはいまだに距離を詰めようとしない猿たちを見る。

 こちらはたったの三人。対する猿たちはすでに七匹に増えていた。

 近接戦闘が始まってもおかしくない状況だ。


「あいつら、魔法を警戒してんな」


 並走する猿たちを見て、カリルが舌打ちする。

 猿たちはシラハの魔法を警戒して十分な頭数が揃うまで並走するつもりらしい。

 猿の頭数が揃うか、村にたどり着くか、どちらが先か。


 山の斜面を跳ぶように駆け抜ける。すでに村人によって藪を払われた地点に入り、障害物が減ったことで速度も出る。

 同時に、遮蔽物が減ったことで見通しが良くなり、カリルは進行方向の異常に気付いた。


「待ち伏せかよ!」


 猿たちが二列横隊を組んでリオ達を待ち構えていた。

 連絡を取り合うことで別動隊を先回りさせていたのだろう。


「見よう見まねで陣形まで組みやがって。村襲撃の時に学びやがったか」


 一列ならともかく二列横隊を突破するのは難しい。カリルは左から投擲してくる猿の群れを見て、右に進路を取った。

 村に対して直角に進路変更する形となり、カリルは苦い顔をする。


「まずいな。追い込まれている」


 二列横隊を組んでいた猿たちがカリルの動きを見て並走を開始する。投擲などの攻撃はせず、村へのルートを阻む動きだ。

 こちらの目的を察して、分断を図っている。

 リオは地理を思い浮かべて猿たちの狙いを予測する。


「カリル、このままいくと濁流の跡地に出る。開けているから数の差で押しつぶされる!」

「分かってる!」


 カリルはリオに言い返しながら、並走する二列横隊の猿を横目に見る。


「シラハ、この先の段差で猿共に魔法攻撃をしてくれ。直後にオレが斬りこむ。リオは背後の連中に横から突かれないよう、シラハを守りつつオレに続け」


 シラハが即座に詠唱を開始する。

 リオは立ち位置を確認しつつ、覚悟を決めるために深呼吸した。


 足元に石が増えてくる。段差が近い証拠だ。

 猿たちもこの先の段差を知っているらしい。段差で速度変化が生まれるのを見越して間隔が少し広くなっていた。

 リオの膝の高さ程度の段差が近付く。見通しが悪いと危険だと村人が段差周辺の木を伐ってあるため、少し視界がいい。

 すなわち――射線が通る。


「やれ、シラハ!」


 カリルが猿たちへと急転換しながら叫び、シラハが鋭く薄い石の円盤を生み出す魔法を放つ。

 先頭集団が段差を跳び下りた直後、猿たちへ横から襲い掛かった円盤は一撃で三体の猿を切り裂き、上下に二等分した。

 驚いて振り返る先頭集団を無視して、カリルが二列横隊に開いた穴へと斬りこみ、段差に背を向けて後続集団へ斬りかかり、穴を広げた。


 姿勢を低く、地面を滑るような歩法で猿たちの足元へ剣を振り抜くカリルに、猿たちは動揺して後退する。

 カリルが広げた穴をシラハが走り抜け、後方から飛んでくる石を弾き飛ばしながらリオが続いた。


「カリル! 先頭の猿が戻ってくる!」

「急がせんなよ!」


 猿の心臓を一突きして殺し、死骸を後続の猿たちに蹴りつけたカリルは、リオ達に続く。

 包囲をまんまと突破して、カリルに殿を任せたリオはシラハを抜いて先頭に進み出る。

 このまま走って村に逃げ込めばひとまず態勢を立て直せる。


 気合を入れ直した瞬間、リオは進行方向から高速で飛来する何かを見た。

 それが亀の甲羅のような形をした石だと気付いた時、リオは鞘を振り上げていた。


「――っ!?」


 鞘が砕け散る。軌道がぶれた石はリオの肩をかすめて隣の木の幹にめり込んだ。反射的に石を見る。

 昨年、濁流にのみ込まれる直前に手をかすめていった石礫と寸分違わぬ形状をしていた。

 脳裏で甲羅型の石と濁流が繋がる。そんなわけはないと否定する感情を抑えつけて、リオは叫んだ。


「正面から濁流魔法!」


 リオは真後ろを向いて、シラハの腕を掴んで強引に引き寄せ、ありったけの力を込めて横に飛ぶ。

 同時に、カリルも同じく回避行動をとっていた。半信半疑の顔をしていたが、冒険者としての経験がそうさせたのだろう。

 二人の判断と行動は正しかった。


 木々をなぎ倒しながら、山の斜面を濁流が昇ってくる。

 人を呑み込む程度であれば十分な幅と高さ。全力疾走する馬並みの速度で斜面を登ってくる濁流は猿の群れの手前で突然消失した。


 薙ぎ払われた木々の先に一匹の猿がいた。

 黒褐色の猿たちの中でも異彩を放つ黒鉄のような光沢のある硬い毛に覆われた猿だ。体格は他に比べて小さく、リオとほぼ変わらない程度だがその手には場違いなほど精巧に作られた鉄の剣を持っている。

 動物的に歯をむき出して威嚇する猿たちとはまるで異なる理知的な瞳がリオ達を値踏みするように睨みつけていた。

 心臓に氷を押し当てられたようなゾッとする空気には、リオも覚えがある。


「……邪獣」


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― 新着の感想 ―
隠れ里って邪獣が本能的に作り出したモノって理解でいいのかな?邪獣になった場合魔法を使えるようになるって言ってたけど、隠れ里の隠蔽結界も固有魔法の一つか?
[一言] ついに出た。
[一言] こうなるとあの時の状況はどういうことだったのか? リオが流された後、バルド達が襲われた訳でもなかったと思いますが… ガス欠かな?
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