第三十六話 隠れ里
身体強化で最大まで加速して、リオは速度をほとんど緩めずに剣を振り抜く。
シラハが用意してくれた光の柱の核を斬り、手首を返して別の光の柱を逆袈裟に斬り上げる。
すり足で光の柱の横を高速で抜ける。
シラハの魔法訓練と並行する形で、真剣での訓練を取り入れたリオの動きはより実戦に近いものになっていた。
辺境で遊び場所もない村だけあって、暇を持て余した騎士が面白半分で訓練相手をしてくれることもあって、リオはさらに経験を積んでいた。
効果的な体重移動、刃の当て方、振り抜き方。どんな体勢の時にどこを狙うべきか、狙われやすいか。
騎士たちは才能に恵まれさらには努力を続けてきた精鋭だけあって、助言も具体的で訓練相手としても最適だった。
騎士からは人相手の戦い方や集団の動き方を教わる傍ら、カリルやギルドから派遣されてきたフーラウ達冒険者からは邪獣相手の戦い方や逃げ方を教わっていた。
シラハと共にオッガンから魔法についても教わっている。リオは才能がないため魔法はほとんど使えなかったが、知識を得るだけでも身になる。
めきめき力を付けていくリオだったが、それ以上にシラハの成長は著しかった。
オッガンから教わった魔法を組み入れてリオの剣術を自分なりに昇華し、リオの後ろから魔法をばらまきながら走り回り、接近されれば剣で対応するスタイルを確立していた。
自分の後を継いでもらいたがっていたオッガンは難色を示したが、シラハはあくまでもリオと離れる気がない。
それでもシラハの才能を埋もれさせるのは惜しいと、オッガンが折れて魔法を伝授するだけで我慢するようだった。
最後の光の柱を駆け抜けながら斬り、リオはようやく脚を止めた。
「腕が痛ぇ……」
シラハが作った光の柱の核はかなり硬くなっている。身体強化をしたうえで走り込んだ勢いを乗せ、刃をきちんと立てなければ刃が止まってしまう。
だからこそ訓練になるのだが、何度も連続で斬ると腕が痺れてしまう。
「猿の方がまだ柔らかかったなぁ」
鞘に剣を収めて、利き腕の筋肉を揉みほぐす。
シラハがいる広場の端へ戻ると、シラハは裏山を眺めていた。
「どうかした?」
「……父さんたち、遅い」
「かなり奥を調査するって言ってたしな。明日には帰ってくるでしょ」
オッガンが村に到着して十日が経っている。
オッガン到着の三日目に、村人と冒険者によって山狩りが行われ、オッガン率いる騎士団は山向こうに簡単な陣を張って逃げ出してきた猿を殲滅した。
しかし、討伐した猿の中に子供らしき姿がなかったことから、別に群れがあると判断したオッガンにより調査の継続が決定した。
裏山の向こうへバルドやレミニの父といった地形に詳しい者が同行し、調査と討伐に出かけたのが三日前。
「心配しなくてもオッガンさんや騎士もいるんだから猿に後れは取らないよ」
畑の土の入れ替え作業もすでに終わっており、力仕事が得意なバルド達がいなくても日常は回る。
山狩りで猿を殲滅したため、村の周囲であれば入山も許可された。猿に荒らされたため狩りは自粛せよとの話だったが、山菜が取れるだけでも収入はかなり違う。
くわえて、ラスモア・ロシズが収入の絶えていた村人に金を落とすようにと、騎士に積極的な買い物を推奨したため、辺境の村には珍しい好景気になっていた。
物々交換が主流のこの村で日常的に貨幣を見ることになるとは、リオも思わなかったほどだ。
「父さんたちが帰ってきたら、ようやくこの騒動も終わりかな」
実に半年近く悩まされてきたこの騒動が終われば、シラハの剣を買うための活動も可能だろう。
家に帰って内職でもしようかと、リオは家の方を見る。
すると、母がカリルを伴って歩いてくるのが見えた。
「リオ、シラハ、ちょっとお使いを頼みたいのよ」
母はリオたちの下まで来ると、面倒くさそうにしているカリルを指さす。
「カリルと一緒にフラウグの実を採ってきてほしいの。そろそろ熟している頃合いだから殺鼠剤を作ろうと思って。カリルの分もね」
「あぁ、カリルは片腕がないから作るのも大変だもんね」
「作れるんだがな。持ってくる時に片腕だけだと獣に対処できねぇって、心配されちまって」
「リオがお世話になってるんだから、こんな時くらい素直に頼りなさいな」
「こう言ってきかねぇんだよ、お前の母ちゃん」
リオはシラハを見る。
「訓練で疲れてない?」
「……大丈夫」
「じゃあ、行こうか」
「カリルも連れて帰ってきてね。遅めになるけど、昼食をごちそうするから」
カリルが困り顔をするのが面白くて、リオは小さく笑う。
三人で山に入り、以前見つけたフラウグの実を採りに向かう。
場所が分かっているため藪を掻き分けつつ最短距離で向かいながら、リオはカリルに話しかける。
「普段の食事ってどうしてるの? 料理とかできる?」
「まな板に食材を固定するトングみたいなやつを使って切るんだよ。魚をさばくとかは難しいがな」
「なんだ、ちゃんと料理してるんだ。酒飲みながらおつまみだけでお腹を満たしてると思ってた」
「まぁ、そういう日もあるな」
「最後に料理をしたのは?」
「冬の初めだったかな」
「……母さんが心配するわけだよ」
呆れるリオに、カリルは肩をすくめた。
「一人暮らしなんだから、好きなもの飲んで好きなもの食って寝て何が悪い。リオもすぐにわかるようになる」
「まぁ、分からないでもない」
「……リオは一人にしない」
ぼそりと呟いたシラハと目が合い、リオは怪訝な顔をする。
「どういう意味?」
「ついていく」
「いやいや、一人暮らしは絶対にする。シラハに俺の家の敷居は跨がせないから!」
「窓から入る」
「そういう意味じゃないんだけど!?」
リオとシラハのやり取りにカリルが声を上げて笑い、リオの背中を叩いた。
「お前はシラハから逃げらんねぇな。うちに来れば一晩くらい泊めてやるよ」
「そんな気遣いが要らない生活がしたいって話を――なんだ?」
いきなり周囲の景色が歪んだ気がして、リオは反射的にシラハの腕を掴んで木の幹の裏に隠れる。リオとほぼ同じ早さで異変に気付いたカリルが剣を抜きながら幹の裏に滑り込み、身をかがめた。
シラハが眉をひそめて周囲をきょろきょろと見回す。
「……防御魔法」
「防御魔法? ここに張られてるのか?」
「……多分。でも、おかしい。防御魔法とはちょっと、違う、かも?」
シラハも断言できないのか、首をかしげている。
リオは隣の木の幹にいるカリルを見る。
カリルは今まで見たことがないほど真剣な表情で周囲に注意を配っていた。
「カリル、何か知ってるの?」
リオの質問に、カリルは小さく頷いた。
「隠蔽魔法だ。群れを率いる邪獣がたまに使う。冒険者の間じゃ隠れ里って呼ばれる奴で――オレが右腕を持ってかれたのも隠れ里だった」




