第三十五話 魔法の講習だよ!
「それでオッガンさんもいるのか」
カリルが居心地悪そうに広場の片隅に目を向ける。
いつも剣術の練習に使う広場の片隅で、オッガンがシラハに魔法を使う際の心構えを説いていた。
オッガンは昨日から村長の家に間借りしているのだが、朝早くにリオの家を訪れてシラハに魔法の講義を基礎から始めている。
「身体強化の強度からみて魔法に適性があるかもと思ったが、オッガンさんが弟子に望むほどとはな」
「オッガンさんって有名なの?」
「ロシズ領で知らない魔法使いなんていないと思うぞ。先代ロシズ子爵の頃から仕える大ベテランで信頼も厚い。魔法だけでなく動植物にも詳しい知識人だ。町のギルドの資料室にあの人が書いた図鑑もあるぜ」
「……シラハ、大丈夫かな。失礼なことを言わないといいけど」
「平民出身なのもあって礼儀にはうるさくないって話だけど、まぁ、弟子に望んでいるくらいなんだから心配いらないだろ」
リオがカリルと話している間にも、オッガンの講義は進み、実践練習の段階に入っていた。
オッガンが動物の角から削り出したらしい魔法陣を懐から出してシラハに渡す。
「まずはこの魔法陣に魔力を通すんじゃ」
「……ん」
あまりやる気がなさそうなシラハが魔法陣を手に取ると、魔法陣からふわりと拳大の白い光の玉が浮かび上がった。ぼんやりと光るその光の玉を見て、オッガンがニコニコする。
「雑味のない澄んだ魔力じゃ。無駄になっている魔力もほぼない。驚異的な適性じゃな」
オッガンがリオを手招く。
「リオ君、ちょいとこちらへ来なさい」
「え? はい」
リオが呼ばれるとシラハが途端にニコニコし始める。せっかく領主配下の魔法使いに魔法を教わっているんだからそっちに集中しろとリオは思うが、言ってもどうせ意味はない。
オッガンもリオが絡めばシラハの機嫌が良くなることに気付いたらしい。
「リオ君、この光の玉に触れてみなさい。危険はない」
オッガンに言われて、リオはフヨフヨと浮かぶ光の玉に人差し指で触れる。何の抵抗もなく光の玉に沈み込む人差し指の先に何か膜のようなものが触れた気がして、リオは手を止めた。
リオの反応を見たオッガンが口を開く。
「その膜のようなものが魔法の核だ。その中に込められた魔力を消費しきると魔法そのものが消滅する。そして、膜を破ることができれば魔法を消せる。強く突いてみなさい」
促されるまま爪を立てるようにして膜を突き破ると光の玉が消滅した。
オッガンがシラハに向き直る。
「核膜の強度を高めれば防御魔法を貫くことができる。逆に、核膜の強度を上回る防御魔法を身に付ければ、魔法に対してなすすべのない剣士であるリオ君を守れる。リオ君に防御魔法を信頼してもらうために核膜の強度を高める訓練を二人でやればよい」
出汁に使われたと気付いた時にはもう遅い。
シラハがすぐにリオの手首を掴んできた。
「……一緒に練習する」
「剣の練習があるんだけど」
「どちらもやればよかろう。光の玉を動かし、型を練習するリオ君の剣の先に衝突させる。魔法制御と核膜強化の訓練を両立できる。文句はないじゃろう?」
流石に領主に仕える魔法使いだけあって口もよく回る。
すっかり乗せられたシラハがさっそく光の玉を浮かび上がらせて動かし始める。
練習に付き合わされるのは確定だと、リオは諦めて剣を振り始めた。
真剣でやっていることもあって光の玉は抵抗を感じることもなくあっさりと両断できる。
これなら邪魔にもならないだろうと剣を振って型の練習をしながら、ふと気になってオッガンに質問した。
「あの、魔法が斬れるなら、剣士が魔法になすすべがないって言えないと思うんですけど、何か理由があるんですか?」
「単純な話じゃ」
そう言って、オッガンは首に下げている木彫りの魔法陣の一つを手に取った。
直後、オッガンの周囲に二十ほどの光の玉が現れる。
「これがすべて火の玉だったとして、すべてを斬り伏せることができると思うかね?」
「……無理ですね」
「じゃろうな。まぁ、火の玉でこの数を出すとなれば相応の技術と詠唱が必要になるが、出されてしまえば抵抗できない。もっと単純な手ならばこういったものもある」
光の玉を消したオッガンは左手を横に伸ばし、低い声で詠唱を始めた。
『鋭利怜悧な棘持つ雪花、連ね氷柱の大雪華』
オッガンの左手の先に無数の氷の刃が生えた六角形の氷の結晶が現れる。その大きさはオッガンの身長の倍に達していた。
「この魔法の核は先ほどの光の玉と同じ程度の大きさじゃ。ぶつけられれば、剣が核に届く前に剣士の体に氷の刃が届く。それに儂のような実戦慣れした魔法使いなら小規模な魔法でも――」
氷の結晶を消したオッガンが木彫りの魔法陣を触って光の玉を作り出し、リオの方へと飛ばした。
リオは反射的に剣を振り抜き、光の玉を中心から両断する。しかし、核膜を切り裂く手ごたえはなかった。
事実、光の玉は消滅することなくふわふわとリオの横を通り抜ける。
驚くリオにオッガンはいたずらに成功した悪ガキのようににやりと笑い、肩を揺らす。
「核は魔法の中心にあるとは限らん。実戦慣れした魔法使いほど核膜を中心からずらし、小規模な魔法でも物理的に防げないよう工夫する」
オッガンの言葉を頼りに光の玉へ連撃を繰り出してみると、三発目に核を捉えた感覚があった。
だが、シラハが作った光の玉の核膜がシャボン玉だとすればオッガンの光の玉は樹皮のような硬さがあった。
リオの細腕でも切り裂くことに成功し、光の玉が霧散する。
「防御魔法はどんな仕組みなんですか? 核を壊さないといけないなら、魔法は防御魔法を越えてきますよね?」
核の周囲に魔法が現象として発現しているのなら、核と魔法の先端までの距離が長ければ防御魔法を越えて術者に届いてしまうのではないか。
そんなリオの疑問にオッガンは楽しそうな顔をした。教える相手を選ぶだけで、教えること自体は好きなのだろう。
「防御魔法は核を破壊するわけではなく、それ以上進ませないようにするものだ。矢を盾で防いでも矢が壊れるわけではない。まぁ、防御魔法の中には核を貫くスパイクを並べるモノもあるが、魔力の消費が激しく実用的ではないな」
「ということは、防御魔法って離れた場所に発動するんですか?」
「その通り。発動後に自在に動かせるモノや固定式がある。ところで――」
説明を終えたオッガンがシラハを見る。
「分かってはいたが、とてつもない才能じゃな」
オッガンの視線の先で、シラハが二つの光の玉を同時に出現させて両手に持ち、何度も勢いよくぶつけていた。そこそこ弾力があるのか、ぶつけるたびに反動で左右に弾かれる。
リオと目が合って、シラハが右手の光の玉を軽く放り投げてきた。
強度があるのは分かっているため、リオは右足を踏み出して上から剣を本気で振り下ろし、光の玉を両断する。
確かな手応えがあった。訓練用に剣を振り回しているだけでは経験できない斬る感触に、リオは笑みを浮かべる。
「これいいな。シラハ、もっと投げてくれ。どんどん硬くしてくれていいから」
「……ん、分かった」
リオが珍しく頼んだからだろう、シラハはどこかやる気に満ちた様子で両手に光の玉を出現させ、ポンポン投げつけてくる。
リオは型練習のついでにきちんと刃筋が通るように注意しながら、光の玉を斬り伏せ続ける。
リオはカリルから、シラハはオッガンから時々助言をもらいながら動きを洗練させていった。




