第三十三話 才能の壁と指導者
リオはバルドと一緒にシャベルを持って畑に来ていた。
猿との戦いで荒らされた畑の土を入れ替えるためだ。
「下からおこす?」
「いや、土を完全に捨てる。縁起も悪いしな」
「重労働だなぁ」
始める前からげんなりするリオだが、村の畑は全部土の入れ替え作業をするのだ。自分たちだけの苦労ではない。
シャベルを土に差し込んで手押し車に載せていく。リオの腰くらいまでの土を取り除くというのだから、身体強化を使っても今日一日では到底終わらない。
「そういえば、猿たちの解剖って終わったの?」
「終わったぞー」
リオの質問にバルドが眠そうな声で答える。昨夜、ラスモア達による猿の解剖調査に付き合ってほとんど寝ていないのだ。
「雌が二割程度混ざっていた。ただ、子供らしき個体がいなくてな。別の群れがあるかもしれない」
「本隊の群れから別れたばかりってことは?」
「可能性ならあるな。本隊が辺境の奥地にいるなら無視していいんだが、またこの騒ぎになるかもと考えると油断もできない」
各家の畑を掘り起こしている老若男女を見回して、バルドがうんざりしたようにため息をつく。
「ラスモア様は他の村に被害が出てないか見回ってくるそうだ」
「騎士も連れて? ちょっと不安だね」
いつまでも村の防衛をしてくれるわけではないと分かっているが、現状の村の戦力でまた猿の群れに襲われれば死闘になる。
表街道にあった防衛用の丸太壁はすでに炭と灰になっている。
掘り起こした土が山積みになった手押し車の取っ手を掴む。
「表に行けばいいんだよね?」
「おう。土塁を作るからな。ラクドイが張り切ってるから、指示通りの場所に積め」
「了解」
手押し車を押しながら、リオは村の周囲をぐるりと回りこむようにして表街道へと進む。
猿との戦いで突破されたラクドイ道場の面々だが、最後まで奮闘したレミニの弟を含む一部の評価はラスモアによる称賛を受けたこともあって回復した。
裏手の状況が分からない中、援軍を期待できない戦場で自分よりもはるかに体格の良い猿たちに陣形を崩され、それでも戦い抜いたのだ。
裏手の防衛に成功したカリルやリオ達よりも、レミニの弟たちの方がちやほやされているくらいである。
だが、評価を一気に落とした者もいる。
ほとんど戦うことなく猿たちに怯えて逃げ出し、陣形の崩壊の原因を作ったユード達だ。
ラクドイの直接指導で様々な技を習得していたユード達は精鋭扱いだったこともあり、評価は逆転し、レミニの弟たちが常々愚痴っていたサボリについても信憑性が増したことで卑怯者扱いが定着した。
当然、ラクドイの指導方針にも疑問が出ており、道場通いの初日に見限ったリオに注目が集まっている。
手押し車で土を運ぶリオはあちこちから視線を感じつつ表街道に到着し、ラクドイに声をかけた。
若干の緊張が周囲に走るが、リオはまるで気にしない。
「土はどこに持っていけばいい?」
「リオか。こっちだ」
ラクドイがついてくるように手招きをして歩き出す。
リオが素直についていくと、ラクドイは若干歩幅を緩めながら話し出した。
「……指導方針が間違っていたとリオも思うか?」
「ユードの件?」
「あぁ」
頷くラクドイに、リオは肩をすくめる。
「悪いけど、興味ないんだ。俺にはラクドイさんの指導方針が合わないから道場に通わないって言っただけで、間違っているかどうかは関係がないからね」
「どう合わないと思った?」
「サボリを追認したこと。ラクドイさんは『言われたことをただやる奴と、やるべきことを自分で判断してやる奴』なんて話をしてたけど、言われたこともやらずに好き勝手している奴を区別していないから、サボリ癖が付くだけでただ器用な卑怯者にしかなれないと思った。そんな奴になるなんてアホくさいから、道場には通わないって決めた」
かなり辛辣な物言いだったが、実際にユード達は戦場で真っ先に逃げ出した。身に付けた技術を器用に発揮することもできない卑怯者にしかなっていなかった。
ラクドイは苦しそうな顔をした。
「耳が痛い。まさにリオの言う通りだ」
「そもそも、なんであんな指導方針にしたの?」
「……やるべきことが見えるかどうかは、才能に起因するからだ」
ラクドイはリオを横目で見て、続ける。
「自らの弱点や欠点を見つけ、克服方法を考える。長所を伸ばし、生かす手段を模索する。それは才能がなければできないことだが、才能とは別に考える力もなくてはならない」
「まぁ、言いたいことはわかるかな。一つ視点が抜けている気もするけど」
話が逸れてしまう気がして、リオは指摘はせずに続きを促す。
ラクドイはリオが言う、抜けている視点が気になるようだったが、促されていることに気付いて続けた。
「自分には才能がない。言われたことをこなして免許皆伝こそ得たが、才能のある者たちとの明確な違いを見せつけられてきた。違うことはわかるのだ。わかるのだが、どうすればその差を埋められるのか皆目見当がつかない。それが才能の壁だ」
「なるほど。次の段階へ進むための道が見えているのなら、口を挟みたくなかったってことか」
「そういうことだ。ユード達にはそれが見えているのだと思っていた。違ったようだがな」
リオは春祭りでのユードとの試合を思い返す。
オックス流の技を自分のものに昇華せず、型通りに振り回すだけだった。
ラクドイがリオを見て苦笑する。
「自分も型をなぞるだけだ。もちろん、修練を重ねて繋ぎ方は上手くなっている自覚はある。これでも邪獣退治をしていたこともあって、場数も踏んでいる。だが、技を自分に合わせることがどうにもできない。それが、才能がないということなのだろうな」
ラクドイが脚を止め、土を盛る場所を指さす。
リオは手押し車の土をその場所に落とし、シャベルで形を整えて固める。
「さっき言った、抜けている視点だけどさ」
「うむ」
「自分で気付けなくても次の段階へ進む方法を提示する指導者がいれば、大成する人もいるよ。それがラクドイさんの仕事だと思うけど?」
「困ったことに、その指導者としての才能がないのだ。故に、これからは基礎を固め、門下生全員の水準を一定まで引き上げる。そこから先は門下生に任せる。その中に、指導者としての才能の持ち主がいれば、道場を譲りたい」
潔いといえば聞こえはいいが、半ば職務放棄だなとリオは思う。とはいえ、門下生の水準を一定まで引き上げることすら、村ではラクドイ以外にできないのだが。
土を固め終わって、リオは畑に戻るべく空の手押し車を掴む。
すると、ラクドイが声をかけた。
「リオ、道場に戻ってこないか?」
「嫌だよ。せっかく自分の剣術も形になってきて、騎士様の剣術を間近で見ていろいろ模索して楽しくなってきたのに――俺に道場を継がせようとしてる?」
一から自分に合う剣術を作り上げ、形にし始めているリオは確かに、次の段階へ進む方法を模索する力がある。その力が他人に適用できるかは未知数だが、ユードの抱えている問題点を見抜いたこともあり、指導者としての適性はあるかもしれない。
リオが他人を指導することそのものに興味がないことを除けば。
「カリルの方が適任じゃない?」
「断られた」
「……クソガキ共の面倒なんざ見たくねぇ、とか?」
「そっくりそのままだな」
想像がついて、リオは苦笑した。
「なら、ラクドイさんがカリルに指導者として実力を伸ばしてもらったら?」
「ふむ、その手があったか」
ラクドイが真剣に考え始めた時、表街道を村に向かって走ってくる馬の姿が見えた。
馬上には老人が座っている。
老人はリオを見つけるとすぐそばで馬を止めた。
「いつぞやの少年か。儂を覚えているか?」
「領主様配下の魔法使い、オッガンさんですよね?」
身体強化の魔法を教わった時のことを思い出しながら答えると、オッガンは相好を崩した。
「いかにも。猿の死体をまとめている場所へ案内を頼む」




