第三十話 ラスモア・ロシズ
猿の死骸を片付けつつ、騎士と共に朝まで警戒を行うバルド達を横目に、リオはラクドイ道場に呼び出されていた。
臨時の指揮所となったラクドイ道場には指揮官であるラスモア・ロシズと護衛などがつめていた。
騎士を率いてきたロシズ子爵家の次期当主、ラスモア・ロシズは十八歳ほどの青年だった。明るい金髪が似合う貴公子然とした美男子だが、ほぼぶれることのない体幹や使い込まれた長剣など、かなりの使い手であると分かる。
ラスモアの横に控える中年の男性は護衛を兼ねた副官のようだが、一切口を開かずにリオ達に睨みを利かせている。
用意された椅子に座ったラスモアは村長から今夜の襲撃までの経緯、ラクドイとバルドから表街道側での戦闘の様子、カリルから村の裏手での奇襲撃退戦の話を聞き、リオを見た。
「我流剣術で敵の将を狙い討ったか。対峙した感想を聞こう。敵の将は使い手か?」
まさか直接質問されるとは思わず、リオは居住まいを正し、失礼のないように言葉を選びながら話す。
「猿たちに武術はないようです。力任せで武器を振るだけで、反撃を考えてもいないようでした。ただ……」
「ただ、なんだ? 話してみろ」
「ご質問からずれてしまいますが、猿の指揮官は群れを率いる責任を感じているように見えました。戦術を知らないものの理解する知性はあり、感情を表に出しながらも引きずられないようにどこか冷静さを残していました」
リオの答えにラスモアは面白い物を見たように小さく笑い、村長に声をかけた。
「この村の子は聡いな。それに、勇気がある。この地を治める一族として心強い。表街道で奮闘した子供たちにも後で個々に面会したい」
「は、はい。すぐに呼びましょう」
「馬鹿者。疲れているはずだ。休ませてやれ。しかし、到着が間に合ってよかった。数刻遅れていたら、この聡い少年を失うところだった」
リオも褒められて悪い気はしなかったが、それよりも気になることがあった。
しかし、質問などできる立場ではなく、リオは俯いて口を閉ざす。
そんなリオを見て目を細めたラスモアは村長に視線を戻して口を開く。
「これでも急いだのだ。冒険者ギルドから出た先遣隊を追い越す程度にはな。それというのも、気にかかることがあったからだ。……村長、この村周辺の山で不審な団体を見なかったか? 人間の、団体だ」
猿の群れとの混同を避けるために念を押すラスモアの質問に、村長はラクドイやカリルを見る。
邪獣の痕跡を探すために山に入っていたカリルが発言を求める。
「恐れながら、私から説明させていただけませんか?」
「許す」
「ありがとうございます。邪獣の痕跡を探すべく周辺の山については去年の秋から監視と調査を詳細に行なっております。秋から今まで、人間の団体は見かけておりません。山に限らず、この村にも団体は来ておりません。調査中、団体はもちろん旅人が野営した痕跡もありませんでした」
「やはりか……」
予想していた答えだったらしく、ラスモアは副官の中年を見る。
「父上に報告を上げておけ。この村での件が片付き次第、私は東回りで各村を見て回る。それから、オッガンをこの村に呼べ」
「かしこまりました」
副官が請け負うと、ラスモアは村長を見た。
「明日、裏手を奇襲した猿の群れの生き残りを掃討する。山に詳しい身軽な者を数名選出してくれ。そこの少年、リオだったか? 彼は私の部隊の案内につける」
いきなり抜擢されて、リオは思考が停止する。今でさえ言葉選びで手いっぱいだというのに、山の中でまで貴族相手に無礼を働かないで済ませる自信はかけらもない。
打ち首、という単語がリオの脳裏を埋め尽くす。
代わりに焦った村長が発言を求めた。
「お、恐れながら、リオはまともな礼儀作法も知らず、どんなご無礼を働くかもわかりません。山に詳しい者でしたら他にもおります。それに、武術に関しても未熟でお邪魔になってしまいます」
村長の勢いにラスモアは小さく笑った。
「これこそ礼を欠いた言い方になってしまうが、お前たちに礼儀作法など端から期待していない。いかなる無礼も、今夜猿の指揮官を討った功績で相殺する。それに、私の周りを固めるのは精鋭だ。未熟者でも邪魔にはならない」
村長に丁寧に言い返して、ラスモアはリオに笑いかけた。
「我流で剣を使うのだろう? ならば、我が家の精鋭騎士が使う実戦剣術を目の前で見るといい。きっと学ぶところがあるはずだ。私はこの少年が何を学び得るのかに興味がある。私が学び損ねたモノを、これから人を育てていく上で教えるべきモノを、知るきっかけになるかもしれないからだ」
ラスモアの言葉に村長がこれ以上抗弁できるはずもなく、諦めたようにリオを見た。
くれぐれも失礼のないように、と念を押す村長の視線にリオはとりあえず頷いておく。リオ自身、次期領主を相手に無礼を働くつもりなどありはしない。
ラスモアがぐるりと村の者を見回して、続ける。
「案内を頼むからには、こちらの事情も話しておかねばな。去年の初夏のこと、町からいくつかの報告が上がった。見慣れぬ者が大量の野営物資を集めている、とな」
それだけ聞いて、ラスモアたちの到着がカリルの予想を超えて早かった理由をリオは察する。
余所者が大量の野営物資を集めている。それも、領主一族へおそらくは商会を経由してその情報が届くほどの量を。
大規模な賊が潜伏しているか、どこかの村が一揆でも企てているのか。
ラスモアはリオの反応を見て面白そうに笑い、動揺している村長を見て苦笑した。
「安心せよ。一揆の類を企てている村があるとは思っていない。だが、情報を総合すると賊の類とも思えない。領内で賊による被害は出ていないのでな」
一揆の危険性があれば、いくら騎兵隊を率いても次期当主が足を運んでくることはないだろう。
遅ればせながら村長も気付いたのか、安堵の息を吐いた。
ラスモアは続ける。
「だが、捨て置けぬと私を指揮官とした即応の騎兵隊を編成してあった。それが、今日この村に駆けつけることができた理由だ。平時であれば、馬の飼葉などの物資を集積、輸送する必要もあり、到着が二日以上遅れていただろう」
二日遅れていた場合、冒険者ギルドからの先遣隊と共に猿の迎撃に当たることになる。村にも少なからず被害が出ていたはずだ。
運が良かったというべきなのかもしれないが、猿の群れに襲われた時点で不運だとリオは思いなおす。
「私たちが山で捜索するのは猿と謎の集団だ。故に、案内人には人との戦闘も覚悟してもらおう」




