第十七話 オックス流剣術
リオは自室のベッドに寝転んで天井を見上げていた。
ユードとの試合は受けることにしたものの、やるからには勝ちたいのが本音だ。
鍛錬をサボっているとはいえ、ラクドイから直接の指導を受けて代表となっていることからも技術があるのは間違いない。
対して、リオは鍛錬をしているものの腕力が足りず、身体強化の効果も薄い。技術といえばまだ基礎的な動きも確立できていない我流剣術だ。
順当に当たれば百回やって百回負ける。
敗色濃厚だというのに、リオは薄っすらと笑っていた。
今までの訓練はただ素振りをするだけだった。実戦形式の試合など経験がない。
新しいことに挑めるのだから、全力を尽くしたい。
「ラクドイ道場の剣術はオックス流とかいう重装騎士の剣術が元ってカリルが言ってたな」
おそらく、カリルはオックス流剣術をある程度知っている。
ならば、まずは相手の手の内を探るべきだ。そのうえで対抗策を重点的に訓練する。
春祭りは文字通り春に開催される。冬の間は畑仕事もないためほとんどすべてを鍛錬に充てられるはずだ。
あれこれと考えていると、部屋の扉が開かれてシラハが顔をのぞかせた。麻の寝間着の上に羊の毛がたっぷり入った上着を着ている。ちなみに上着はリオのおさがりだ。
「なんだよ?」
ベッドから体を起こして声をかけると、シラハはベッドに駆け寄ってきて布団に潜り込んでくる。
「……一緒に寝よ」
「はいはい」
シラハがベッドにもぐりこんできたのは一度や二度ではないため、リオも諦めてベッドに横になる。
途端に横から感じる視線の圧力に、リオは横目を向けた。
「何か用か?」
「試合するユードって人、だれ?」
「会ったことないのか。あるわけないかぁ」
基本的に家から出ないシラハの交友関係が狭いのは今更なので深くは考えず、リオはユードについて話す。
「俺の二歳年上で道場主のラクドイさんに気に入られてる奴だ。取り巻きが二人いる。あと、俺が道場に行った日にラクドイさんに言われて簡単な試合をして、俺がぼろ負けした相手だな。あまり話したこともないから詳しいことは知らない」
「負けたの?」
「手も足も出なかったな」
隠し立てするようなことでもないので正直に答えると、シラハは珍しく眉をひそめた。
「危なくない?」
「春祭りの試合のことなら、村のみんなが見てる前でやるんだし、危ないことにはならないよ。ユードはラクドイさんの直接指導を受けて調子に乗ってるみたいだけど、調子に乗っているからこそ追い打ちとかはしないと思う」
ユードがリオを指定したのは、剣術を習っている道場仲間が相手では負ける可能性があるからだろう。
さらに、リオは道場の門下生からの不満を集めており、試合で負かせば道場仲間からの心証もよくなると考えている。
試合の内であればともかくも、追い打ちなどで道場の看板に泥を塗る行為をすればラクドイや村の者からの心証は確実に悪くなる。ユードの目的にそぐわないため、避ける行為だろう。
シラハに説明するが対人関係がリオや両親で止まっているため理解が追い付かないようだった。
「本当に危なくないの?」
「怪我はするかもしれないけど、大怪我はしないよ」
「やっぱり危ない」
「納得してるんだからいいんだよ」
なおも心配しようとするシラハに対して、リオは寝返りを打って背を向ける。
これ以上は話すつもりはないという意思表示にシラハはふてくされたような空気を出しながらリオの背中を突き始めた。
「眠れないからやめろ」
「……文字書く。当てたら許す」
「許すも許さないもないんだけど? ――頑張って?」
「正解。おやすみ」
「……おやすみ」
割と感情を出すようになってきたな、とリオは思いながら瞼を閉じた。
※
翌朝、リオはカリルと一緒に木刀を構えていた。
「オックス流は集団で戦うことが大前提の剣術だ。重装騎士を並べて後方の魔法使いの詠唱完了まで時間を稼ぐことを目的としている。動きで翻弄するような足捌きはないが、隣の重装騎士の戦闘の邪魔にならないように最小限の足捌きで剛剣を繰り出す」
「カリルも習ったことがあるの?」
「冒険者だといったら門前払いされた。仕方がないから足繁く道場破りをして技をいくつか盗んだ」
「凄い迷惑だね」
「後半は向こうも面白がってたけどな」
どういう交流をしていたのか少し興味が湧いたが、今は春祭りの試合に向けての練習が優先だ。
「はっきり言って、まともなオックス流の剣士と今のリオが戦ったら万に一つも勝ち目がない。騎士剣術の仮想敵は人間だからな」
「弱点はないの?」
「まぁ、あるんだわ」
苦笑して、カリルは木刀をくるくると手元で回す。
「重装を生かした防御力と重量のある突進からくる剛剣を使うんだが、ユード達は体が出来上がってない。鎧も訓練用の軽装で、突進の威力が増さない。重装の防御力に任せた一撃だから大技には隙も生まれる」
「大技を誘ってカウンターを決めるってこと?」
「基本方針はそれだ。言っておくが、オックス流は戦場剣術だ。隙といっても的確に突かなければ跳ね返すし、隙を突かれない状況や相手の体勢を学んでいるもんだ」
弱点にはきちんと対処法を用意しているあたり、戦場の匂いを感じて男心をくすぐられるリオだったが、話を総合するとやや困った事実に行きつく。
「大技を誘う体勢になったら、隙を突けないってことだよね?」
「ユード達が十分に学んでいると仮定すればそうだな。ついでに言うと、初見殺しのだまし討ちだから二度目はない。でも、オレとラクドイ、リオとユードで二回戦することになる」
「ダメじゃん」
「まぁな。そもそも、大技を誘える不安定な体勢から隙を突く的確な攻撃なんて、今のリオには無理だ。この手はオレが使う」
「まぁいいや。大体わかった」
オックス流の概念や重要視していること、その歴史などを踏まえてリオは作戦を考える。
試合に勝ちたいとはいっても、カリルの足を引っ張るのは嫌なのだ。
ユードが置かれている立場や性格を考えると、一気に勝負を決めてくるとは考えにくい。実力を誇示しなければユード本人の目的を果たせないばかりか、門下生のやる気を出させたい村長の思惑からも外れる。
確実に技を使ってくる。それも、周囲にはっきりと実力を誇示するような派手な技だ。
「ねぇ、オックス流の技で派手な技ってある?」
「剛剣とはいっても結構地味な流派なんだよなぁ。堅実だからこそ、村長も村に誘致したんだし。派手な技っていうと――リオ、ちょっと構えてみろ」
言われるがままにリオが正眼に構えると、カリルも木剣を構えた。
「派手かはともかく、優劣は誰の目からも明らかになるとすれば、この技だろ」
言葉よりもやってみた方が早いと、カリルは木剣をリオの木剣の先に触れさせた瞬間、峰に沿うように滑らせつつ、左手一本で操っているとは思えないほどあっさりとリオの木剣を巻き上げて上に弾き飛ばした。
手首を痛めるかと思うほどの衝撃に、リオは痺れる手を空中で軽く振る。
カリルは笑いながら、弾き飛ばしたリオの木剣を拾った。
「オックス流を正式に習ってないから技の名前は知らないが、武器が飛んでいくのは派手だし、誰から見ても勝敗がはっきりわかる」
「これ、ユードも使える?」
「基本だから教わってると思うぞ。重装騎士が押し寄せる敵を食い止めるのに一番手っ取り早いのは剣を弾くことだ。倒れた相手が生きていようが死んでいようが、トドメを刺すための動作をすれば後続の敵に隙を晒すから、武器を奪って無力化し、後続の敵との肉壁にするんだよ」
重装鎧を着ている以上、可動域は狭い。倒れた敵へ単純に剣を振り下ろす場合、胴鎧と腕鎧がかち合わないように前のめりになる。だが、前のめりになった上半身を戻そうとすると鎧の重さもあって動作が鈍く、戦場で隙を晒しかねない。
リオは頭の片隅にメモしておく。
「オックス流って如何に姿勢を崩さないようにするかも重要?」
「無駄な体力を使いたがらないからな。いざ勝負を決めるとなると前傾姿勢が多くなるんだが、その姿勢から剣を振るどころか突進したりもする。重装鎧を着たオックス流が整然と突進する光景はド迫力だぜ」
「ちょっと見てみたいね」
興味を引かれたが、ユード達ラクドイ道場の門下生ができるとはちょっと思えない。子供に重装鎧は身体強化があっても重すぎる。
カリルはリオに木剣を渡しつつ、説明を続ける。
「もう一つ派手な技があるが、腕一本だとできないんだ。さっき話した突進技に突きや殴り、逆袈裟斬りをくわえる。致命傷を与えるんじゃなく、敵勢を押し込み、倒れた敵を重装鎧の重量で踏み殺しながら進む技だ」
「一人でやるの? 重装鎧を着てそんな突進をしたら急な方向転換できないと思うけど」
リオの質問に、カリルは感心して笑う。
「鋭いな。この技は隊列を組んだオックス流がやる技だ。敵の包囲を抜ける時とかに使うらしい。一対一の今回はあまり意味がないから、技の意図を知っていれば使ってこないだろう。もしも、前傾姿勢から剣を体に引き付けるようにして地面と水平に構えてきたら、素直に横に回れ。正面にいると、木剣でも死にかねない」
「そんなに?」
木剣でも当たりどころが悪ければ死ぬ可能性があるのは確かだが、カリルの口振りでは急所を狙う技とは思えない。
「速度を出すために身体強化を使用しながら、踏み殺した敵の死体に足を取られないようにしっかりした足腰で、全体重をかけてくる突進だぞ? 暴れ牛みたいなもんだ」
「昨日、カリルが俺にやった突きみたいなやつ?」
「あれは別の流派の剣だ。シローズ流っていう別の騎士剣術なんだが、今はどうでもいいだろ。それで、リオはどう戦うんだ?」
「剣を弾くあの技を誘って、一気に距離を詰める。競り合いに持ち込んだ時点で、見ている人には拮抗したように見えるから試合に負けても勝負は俺の勝ち」
「えげつねぇ。ユードの勝利条件を的確につぶすのかよ。お前って物事の核心は外さないよな。核心以外を見てないからこんな面倒ごとになったんだけど」
苦笑して、カリルは木剣を構える。
「競り合いも技術がいる。教えてやるよ」




