第二十一話 邪気の核
どうせ手の内は知られている。
ならば、最初から全力で行くべきだ。
「――っ!」
全力での陽炎発動に加え、魔流で陽炎が広がる方向を操作、一気に拡散させる。
シラハの固有魔法の核を膨張させればこちらの勝ちだ。
当然、シラハが黙っているわけもない。
『名も無き宙に編み出す目の無き網籠』
リオの陽炎を閉じ込めるための防御魔法が展開される。
シラハがリオの手の内を知っているのと同様、リオもシラハの手の内は知り尽くしている。
「物理は防げないんだよな!」
材質不明の黒い床を踏みしめて、リオは駆けだした。
目に見えない防御魔法の壁をすり抜けて、リオは魔流を使いながらシラハから距離を取る。
リオが閉じ込められた空間は故郷の村を畑も含めて丸々呑み込める広さがある。端から端まで身体強化なしのリオの脚力で半刻ほど、魔流を用いた高速での移動ならば四半刻だろう。
シラハが不愉快そうにリオの後を追いかける。
「待って。せっかく作ったの。壊さないで」
「嫌だね! こんなつまらない場所にいられるわけないだろ」
「冬支度の食糧庫みたいにネズミ捕りも置く?」
「そうじゃないだろ!」
追いかけっこをしながら核を探しつつ、リオは空間を観察する。
シラハが言う冬支度の食糧庫。大事な物だからしまっておくという考えはあれから来ているのかと納得する。
『――日向雨』
シラハが呟いた直後、空のない空間に雨が降る。
猿との戦いで見た雨を降らせる魔法。その後のこともリオは覚えている。
纏う陽炎が何かを膨張させた。
反射的に、リオは右つま先を浮かせて真後ろに進行方向を転換し、邪剣カジハを横に振りぬく。
ガンッと硬い音と感触。鞘に収まったままでは壊せないと瞬時に判断し、リオは魔流で陽炎の流れを操作しながら体の軸を回転させ、邪剣カジハで横にいなしきった。
魔法の雨で湿った地面が凍結している。オッガンが猿の群れの動きを止めるために放った冷気の魔法だ。
「魔法斬りを警戒して極限まで核を硬くしたな」
「リオのことは全部知ってる」
リオが自分の方を向いてくれたのが嬉しいのか、シラハは微笑んで言い返す。
「魔流で加速しても、咄嗟に振り向くときは走り込んだ勢いが乗らないから豪剣が振れない。でしょ?」
「そうだな。で、俺が脚を止めたからこう来るよな!」
魔流で余剰魔力を地面に叩きつけ、膨れ上がった複数の魔法の核を蹴り砕く。
地面を隆起、陥没させるシラハの十八番。神剣オボフスがない今のリオには透過できず、捕らえることも可能になるはずだった。
当然、リオがこの手も読んでいることを、シラハも読んでいる。
『籠る王者の大言――』
土のドームを作る魔法、鳴窟。
シラハが使ってくるだろうと予想していたリオは上に大きくジャンプし、陽炎を広げる。
先ほどは地面に魔法の核があったが、それはリオに足元への注意と余剰魔力を割かせるためだ。ならば、次の核は上にある。
案の定、陽炎に魔法の核が引っかかる。
即座に膨張したその核を左手で掴み、右手に持った邪剣カジハを突き刺して消滅させる。
地面に着地した瞬間、リオは素早く横に跳躍し、鞘で床をついてさらに跳躍する。リオの後を追うように床が隆起し、土の壁が立ちふさがった。
リオは空中で反転してシラハに背を向けると、足が床についた瞬間に魔流を発動して再度駆け出す。
ことごとく魔法を看破されてシラハは頬を膨らませていた。
「なんで分かるの!?」
「シラハが単純なんだよ!」
シラハと行った魔法斬りの訓練では、シラハの魔法の練習も兼ねて核の位置をずらしていた。シラハがどう考え、どこに核をずらすかの癖はお見通しである。
シラハもこのままではらちが明かないと判断したのか、身体強化の強度を上げてリオとは別方向に駆けだした。
「リオ! こっちに魔法の核があるから――」
「壊すために一騎打ちしろって? どうせ偽物だろ。足元に隆起の魔法でも使って核を用意してるだけだ」
「ぐぬ……」
「浅はかなんだよ。兄貴を出し抜こうなんて百年早い」
そして、今のシラハの行動でなんとなく、この空間魔法の核の位置が把握できた。
シラハは騙し合いに慣れていない。良くも悪くも素直すぎる。
今シラハが駆けた方向とは逆方向にこの魔法の核があるはずだ。
「この魔法の核は外にあるから探しても無駄なの!」
「それも嘘だね。外にあるならチュラスとカリルがとっくに壊してるよ」
走りながら広げた陽炎が何かに吸われた感覚があった。
同時に、核が膨れ上がる気配。
見つけた、とリオは邪剣カジハを腰だめに構えてさらに加速し、膨れ上がった核へと剣を振り上げた。
核の膜を砕く感覚。
兄妹喧嘩は俺の勝ち、そう思った刹那――邪剣カジハが硬い何かに弾かれた。
驚いて目を見張り、リオはすり足で後退する。
確かに魔法の核を斬ったはずだった。だが、その内側に得体のしれない何かがある。魔法の核とは違う背筋が寒くなるような、それでいて魔法の核に近い何かが。
「……二重になってる?」
リオは周囲に目を配る。
空間の魔法は持続している。揺らいだ様子もない。目の前にあったはずの魔法の核は再生するように新しい膜を作り出し、リオの陽炎に反応して膨張していく。
だが、リオの感覚が告げている。膨張する核の内側にもう一つ、魔力ではない何かで作られた核があると。
シラハがほっとしたようにため息をつきながら歩いてくる。
「やっぱり、邪気で作れば斬れないね?」
「……へぇ。やるじゃん」
邪気は魔力が変質した物だ。ならば、魔法を発動することもできるのだろう。
同じように魔力が変質した神気を利用する神玉は効果を発揮しなかったが、固有魔法は通常の魔法とは異なる。まして、シラハ本人が自分の発する邪気で自分の固有魔法を発動するのだから、効果を発揮するのは当然ともいえる。
魔法斬りの理屈は相手の魔法の核へ自分の純正魔力を流し込んで膨張させる。つまり、今のシラハの固有魔法の核は魔力と邪気を両方流し込まなければ破壊できない。
――邪人ではないリオには破壊できない。
「リオ、暴れちゃだめだよ。もう無茶しちゃだめだよ。ここにいよう。ずっと一緒にいようよ」
勝ちを確信したシラハがリオを安心させるように微笑んで、両腕を広げて迎える。
「ね?」
リオはシラハに笑いかけて、邪剣カジハを鞘から抜き放ち、正眼に構えた。
「分かってないなぁ」
すっと笑みを引っ込めて、リオは左足を引き、強い意志が宿った瞳でシラハを見た。
「目の前に斬れないものがあるなら――斬る」