第三話 陽炎の弱点
リオの剣術訓練に並行して、オッガンを筆頭にシラハへの魔法講習も始まった。
邪神カジハ討伐の要は魔法斬りだが、カジハは固有魔法で魔法の核そのものを別の場所に混合してリオの魔法斬りを逃れている。
この混合魔法への対応策の一つとして提案されたのが周辺、それも広範囲への高威力魔法攻撃である。
どこに魔法の核を移されようとも、広範囲を破壊しつくして核を破壊する。邪人コンラッツの固有魔法である溶解と同じ理屈だ。
広範囲を攻撃する以上、その場にいるリオも巻き込まれる危険がある。そこで、リオも訓練風景を見学することになった。
村の外、街道を敷設予定の空き地でオッガンが魔法の説明をしている。
補佐をする予定の魔法使いたちが真剣に話を聞いている横で、シラハはつまらなそうにしていた。オッガンが事前に描いた説明用の図で全体像をすでに把握してしまったらしい。
どんな効果があるのか、どんな対抗手段があるのかなど、オッガンの説明を聞きながら、シラハは欠伸をしている。
「ではシラハ、やってみよ」
「うん。ちょっと規模を抑えておく」
シラハは淡々と冷たい声で詠唱する。
『晴れ雨雪と外は移ろい、汝は時雨を享受する。大風吹きすさび外は荒れ、汝にそよとも風吹かぬ。土くれかき分け根を絡め外は春を謳歌する。汝は外を知りもせぬ――平和な花鉢』
朗々と歌い上げたシラハを中心に結界らしきものが展開したかと思うと、結界の外が一瞬で豪雨と暴風に見舞われる。
シラハが規模を抑えておくと言ったにもかかわらず、暴風に煽られた木々が大きくしなり、枝が折れて吹き飛んだ。
結界の外にいたリオは慌てて避難しようとするが、強風に煽られてしまいまっすぐ歩くこともままならない。
風が弱まる森の中で木の幹を盾にした方がよさそうだ。
リオが巻き込まれていることにはシラハたちも気付いている。すぐに魔法が弱まりはじめた。
木の幹に体重を預けて魔法が弱まる様子を眺めてほっと息をついたリオは、ふと気づいて空を見上げた。
雲が流れている。木々が枝を折られるほどの風なのだから、雲も煽りを受けるだろう。
「……どこまでが魔法なんだ?」
風を起こすのが魔法か。風そのものが魔法か。豪雨は副産物か。それとも豪雨も魔法で作っているのか。
「リオ、大丈夫?」
「大丈夫。というか、巻き込むなよ」
リオは駆け寄ってくるシラハに文句を言う。
シラハが雨で濡れたリオの手を掴んだ。
「風邪引かないように、帰ってお風呂に入る」
「もしかして、魔法講習が面倒くさくなって帰る口実を作ろうと、わざと俺をずぶ濡れにした?」
「たまたま」
「本当に?」
疑いながらも、魔法講習はお開きになるらしい。シラハがこの魔法を習得したことで今日の課題は達成していた。
「オッガンさんが、リオも肌身で体験させておいた方が本番で混乱せずに済むからって言ってた」
「それならそうと先に言って欲しかった」
「私が言うのを忘れてた」
「危ないなぁ、もう」
呆れるリオの顔を覗きこんで、シラハが探るように見つめる。
「なんで魔法を斬らなかったの?」
「大規模過ぎて核の場所が分からなかったから」
「……そう」
リオの答えの何が嬉しいのか、シラハは満足そうににっこりと笑う。
解散してテントに戻っていく魔法使いたちから一人離れて、オッガンが歩いてくる。
「リオよ。魔法斬りは魔法の核に刃を届かせねばならぬ以上、大規模な魔法に弱い。分かるな?」
リオとシラハの会話を聞いていたのか、それとも最初から気付かせるのが目的だったのか、オッガンはそう尋ねてくる。
「邪神カジハが大規模に固有魔法を展開したら、俺には斬れないって話ですか?」
「斬れないだけではない。奴は即死せぬ限り固有魔法で延命を図り、その魔法すら核を別の場所へ移すのじゃろう?」
コンラッツと共闘しての討伐戦が失敗に終わったのは、オッガンの指摘した延命方法を取られたからだ。
今振り返っても、リオはカジハがどこに核を移動したのか分からない。カジハの視界内にあるはずだが、何もない空間に混合されているかもしれない。
「実際の討伐戦では、近距離ではリオがカジハに対応し、補助に魔法斬りが使える騎士かカリルがあたる。混合魔法で核を移動された際には、シラハの大規模魔法で周辺一帯を破壊しつくすことになる」
「それしかないですね」
「核を移動させない方法もいくつか考えられてはおるがな。ともあれ、リオにはカジハ本体に魔法の核があるか否かを判断する役割がある。明日はその役割の訓練だ。陽炎を連発するから、きちんと休息を取るようにするんじゃぞ」
「わかりました」
「リオ、お風呂。お詫びに体を洗ってあげる」
「いらない」
「仲の良いことだ」
オッガンが教師の顔から孫に甘い好々爺の顔になる。
シラハに手を引っ張られて、リオは家へ向かう。困ったことに、身体強化を加味するとシラハの方が力が強いのだ。
家に到着し、なすすべなく脱衣所に引っ張り込まれたリオはシラハの白いうなじを見て思いだす。
「こうしてみると、シラハも初めて会った時から大分印象が変わったな」
「昔はリオが入ってるのを見てから入ってた。いまは同時に入る」
「いや、そういう話じゃなくてさ」
森の中で初めて出会った時のシラハの雰囲気を思い出す。
自然に溶け込む希薄な、それでいて確かに感じ取れる独特の存在感だった。
「いま思うと、あの存在感ってまだシラハの身体が物質じゃなく魔力で出来ていたからなんだよな」
邪霊は悪意の塊をぶつけてくるような身の毛のよだつ雰囲気だった。あれが邪気によるものなら、出会った当初のシラハの存在感も発散される魔力によるものだろう。
何の意思も乗っていない魔力だからこそ、存在感だけが感じ取れた。
シラハもリオの予想に頷く。
「多分、そう。リオの陽炎も変な感じがする」
「そっか、あれも純正の魔力で身を隠しているから存在感が希薄になるのか」
リオが陽炎を技として身につけたきっかけは、攻撃の予備動作を読ませず、さらには体勢や攻撃のタイミングすら読ませないように考えたからだ。
さらに存在感も希薄になるのなら、相手は対処する難易度が跳ねあがる。
だが、シラハが首を横に振った。
「リオの陽炎はもっとはっきりしてる。魔力に意思が乗ってるから、存在感もちゃんとある」
「そうなの?」
陽炎は自分の魔力を展開している関係でリオ自身には客観視ができない。
追い打ちをかけるように、シラハは陽炎の弱点を指摘した。
「魔力に意思が乗ってるから、私にはリオが何をしようとしてるのかなんとなく感じ取れる」
「……待って、それって致命的だよね?」




