第十四話 才能の壁
昨日降った初雪が白く染めた庭で、リオは木剣を構えて足捌きの練習をしていた。
じっくりと観察してくる視線を感じるが、いつものことだからと無視する。
正眼に構えた木剣を振り下ろしながら、右足を右斜め前へと踏み出す。正中線が地面と垂直になるよう意識する。
感じる視線に考え込むような間が入ったのに気付いて、リオは家を見た。
「シラハ、どうかしたか?」
「……初めて見る動き、した」
光の加減で青みがかる不思議な灰色の髪を揺らして、シラハが首をかしげる。
実際、リオが考案した我流剣術にいままでなかった足捌きだった。
リオは訓練に戻りながらも説明する。
「今朝、俺にタオルを取ってくれただろ」
「とった」
リオが朝の走り込みをして帰ってきた時のことだ。
タオルを取りに行こうとしたリオの機先を制して、シラハがタオルを取って投げ渡してくれた。汗を拭くものとは別に、雪の上を走って汚れた足を拭くためのタオルもだ。
「いつも風呂場に行く俺が今日はタオルで拭くだけで済まそうと思っていたのがなんでシラハにバレたのかと思ってさ」
「手を少し上げたから」
シラハが答えてくれる。
リオは木剣を振り下ろしながら、シラハの言葉に頷く。
「当たり前みたいに言ってるけどさ。ようは、俺の動きの最初の起こりを見て、シラハは行動を読んだってことだ。俺は速さで攪乱して攻撃を当てる剣術を目指してるのに、行動を読まれるのは致命的だろ」
早急に対策を練らないといけないと考えたリオが導き出した答えが、行動の起こりを読ませたうえでのカウンター。
相手の攻撃が飛んでくる場所から足捌きだけでズレてカウンターを決めるというものだった。
「ほかにもいくつか考えてるけど、根底は避けるのと攻撃するのを同時にこなすこと。動きを止めないこと」
話しながらではあるが、リオの動きは乱れない。すでに数か月、剣を振り続けているのだ。別の動きを取り入れたとはいえ、疎かにはなっていない。
だが――壁を感じてもいた。
雪を踏みしめる足音が聞こえて、リオは振り返る。
左手に強めの酒を持って歩いてくるカリルの姿があった。
リオと目が合っても挨拶一つせず、カリルは定位置とばかりに柵に腰かけてリオの素振りを眺めて酒を飲む。
それまでも度々見物しにやってきていたが、冬に入ると本格的にすることが無くなったのか、カリルは毎日のようにリオの訓練を眺めに来ていた。
「――リオ、動きを変えたな」
リオが一度素振りをしただけで、カリルは目ざとく変化に気付いた。
リオは素振りを続けながら頷いた。
何も言わなくても、カリルなら意図に気付くだろうと思ったのだ。
事実、カリルはリオの動きの変化の根底にどんな考えがあるのかを正確に読み取っていた。
「戦場に出る騎士の実戦流派にはそういう動きもあるな。戦場で鍔迫り合いをしてると横やりを入れられるから躱して斬る、弾いて斬るって考え方になるらしい」
「ラクドイさんが道場で教えてる剣術にもある?」
「道場で教えているのはオックス流剣術だったな。ごりごりの剛剣で相手の剣を弾くことはあっても避けることはない剣術だ。元祖は重装騎士だから、鎧が重くて避けたくても避けられないんだろうな」
酒を一口飲んだカリルはリオが振る木剣の先を眺めて、目を細める。
「なぁ、リオ。お前、気付いてるか? 剣の才能がないってこと」
「それがなに?」
「気付いてはいるのか」
呟くようなカリルのその言葉に、リオは頷く。
「鍛錬は続けてるけど、筋力で伸び悩んでいるのは分かってる。なんか、身体強化の強度も人より低いんじゃないかなって、父さんを見ていて思う」
「なまじ目がいい分、才能がないことに気付けるだけの才能があるか」
馬鹿にするわけでもなく、カリルは自嘲気味に笑う。
カリルは才能がなくても諦めきれずに道場通いをしていたと、フーラウが言っていたのをリオは思い出した。
カリルが柵から腰を上げてリオに向かって歩いてくる。
「身体強化ってのは体の中に魔力を巡らせる。人間は魔力の内部循環が得意な奴と外部放出が得意な奴がいて、これは先天的なものだ。魔法使いに見てもらわないと分からないが、リオは外部放出が得意なんだろう」
「魔法使い向きってこと?」
「どうだろうな。魔法は剣術よりもさらに才能が物を言う世界だ。外部放出できる魔力の多寡や瞬発力はもちろん、詠唱にはリズム感や声の音域の広さも重要になる。子供の頃は詠唱できても声変わりで詠唱できなくなった魔法使いの話もあるくらいにな」
リオの前に立ったカリルは酒瓶の中身を飲み干してから瓶底をリオに突き付けた。
「才能の壁を認識してるなら話は早いな。お前、根を詰めすぎだ。大成しないと分かってんのに馬鹿みたいに時間を使いやがって。サボれよ」
「サボる奴が馬鹿なんだよ」
カリルが付きつけてくる酒瓶を、リオは木剣で横から軽く弾く。
そのまま素振りに戻ろうとした瞬間、カリルが酒瓶でリオの木剣を横から弾き飛ばした。
左腕一本で振ったとは思えないほどに強烈な横薙ぎに、木剣を持っていたリオは腕ごと横倒しに倒れかける。
リオはすぐに足を開いて体勢を立て直し、カリルを睨んだ。
「なんのつもりだよ、カリル」
「腹が立つことに先達として、お前が惨めになる前に追い返してやろうと思ってな」
「惨め?」
「あぁ、惨めだぞ。お前がぶつかってる才能の壁は先天的なものだ。半ばまでよじ登れても乗り越えることは絶対にできない種類の壁だ。馬鹿みたいに費やした時間を否定するようで諦めることもできず、その壁を前に引き返せなくなるのは――惨めだろ」
リオは木剣をカリルに向ける。
「八つ当たりかよ」
「親切だっての」
肩をすくめて、カリルは挑発するように酒瓶を左右に振った。
「才能がない上に片腕のオレにあしらわれれば、流石に諦めもつくだろ。ほれ、かかってこい」




