第十四話 交渉or討伐
戦闘なしに神玉や神鏡リィッペリを手に入れられるならそれに越したことはない。
だが、そんなうまい話があるものかと、リオはミュゼを睨んだ。
魔法使いが作り出した壁の隙間から姿を覗かせているミュゼは言葉を続ける。
「不審に思っているようだが、これは本心だ。リィニン・ディアの総意ですらある。そもそも、君たちは誤解しているよ」
「誤解?」
「我々をちんけなテロリストだと思っているだろう? 違う。まったく違う!」
力を込めて否定して、ミュゼは天井を仰いだ。
「資料室を見ただろう? 我々の膨大な失敗を見ただろう? ならば分かるはずだ。この世界は終わりかけている。どこもかしこも邪気に溢れ、ほどなく世界は邪獣と邪霊に埋め尽くされる汚泥の世界に埋もれてしまう!」
ミュゼは吐き捨てるように言い切り、リオをまっすぐに、真摯な目で見つめた。
誰に理解されずとも、自らは正義であると疑わない、そんなある種の信仰に生きる目だった。
「汚泥の世界を終焉に導く救世種を、我々は何としても生み出さねばならない。神気を発し、汚泥を浄化し、清純な世界を生み出す救世種に、我々汚泥を生み出す人類を救ってもらうのだ。そうしなくては、遠からず我々は邪人に堕してしまう。なんと悲惨なことか」
嘆きながら、ミュゼは神玉や神鏡リィッペリを掲げる。
崇め奉るようなその仕草に、カリルが嫌悪したように眉をひそめた。
「つまり、お前らは過程で何人死のうがその救世種とやらを作り出せれば本望ってわけか? 本末転倒だろ、それ」
「犠牲に目を瞑っているとでも思うかい? 慰霊はもちろん、遺族への補償も陰ながら行っている」
「そういう問題じゃないだろ」
「あぁ、分かっているとも。だが、この場での本題はそんな道徳的な話ではないよ。我々と君たちの目的は異なる。だが、シラハさんを救世種に、神霊に押し上げるという手段は一致している!」
ミュゼの指摘に、カリルが口ごもった。
困ったことに、ミュゼの言葉は正しい。
リスクを負ってまでここで戦う意味はなく、神玉と神鏡リィッペリの譲渡を行って解散という流れも選択肢に入る。
だが、リオはこの場を交渉の場とは認識していなかった。
「ぐちぐち言ってるけど、見逃したらお前らまた悪さするでしょ?」
この場は交渉ではなく討伐を行う場面だと、リオはあっさりと言い切った。
ミュゼが真顔になる。話の通じない獣を目の前にしたような顔だった。
「……シラハさんが救世種の本命であるのは事実。とはいえ、邪神カジハを討伐するという最大の障害を乗り越えられるかの危惧がある以上、予備の計画は進めるべきだと考えているとも。それを悪さと言われるのは納得できないがね」
「それだけじゃないだろ」
リオはミュゼを睨む。
「シラハを神霊化して、それで終わりか? 救世種とか言ってるけど、シラハの魔玉は行方不明のままだ。種族にはできない。お前らが救世種っていうのを作るなら、別の魔玉から発生した生物を、神気を発する神霊に面倒見させるのが一番ってことになる。お前らがシラハを欲しがるのは、言葉が通じる神霊候補だからだろ?」
神霊スファンのように、神霊は基本的に言葉が通じない。そもそもの数が少なく、人目もあるためリィニン・ディアが救世種を作るのに利用できない。
リオは指摘しつつもさらに続ける。
「なにより、邪神カジハの討伐なんて危険なことを俺たち任せにするのがあり得ない。肝心のシラハが戦闘で死んだら意味がないんだから。お前、俺たちに神玉とかを渡す振りをして捕まえようとか企んでるだろ?」
疑うどころか確信しているリオの眼に射抜かれて、ミュゼは嘆息する。
「まったく――頭が回るね」
認めると同時に、ミュゼ達の前にあった壁が内側から粉砕される。姿を壁の裏に隠していたオックス流の重装騎士たちの構えをみて、カリルが血相を変えた。
「突撃陣形!?」
ダンッと寸分のずれもない踏み込み音が空洞内に反響する。
オックス流の後ろに控えていた魔法使いたちが魔力を込め終えた木の板を何枚も連続で発動し始めた。
リオは咄嗟に魔法斬りをしようと息を吸い込むが、発動する魔法が多すぎて手数が足りない。
そもそも、ミュゼはまだ神鏡リィッペリを掲げたままだ。魔法を実体化するあの鏡を使われれば、魔法を斬ることができなくなる。
避けるしかないが、魔法の軌道はリオとカリル達を分断しようとしている。オックス流の動きも同様だった。
「くっ……」
突撃中のオックス流の前を横切るのは危険すぎる。
突撃してくるオックス流の後ろを魔法使いの二人組が走り、その後ろからミュゼが続く。
リオとカリルの間に赤い霧のカーテンが下りる。効果が分からない魔法だが、むやみに触れていいはずがない。
完全に分断されている。
リオは後方に飛び退き、ミュゼに向かって神剣オボフスを正眼に構えた。
魔法で分断されているが、壁際まで下がってしまえばオボフスの透過能力を使い、壁の中を移動してカリル達と合流できる。
リオはすり足で下がりつつ、状況を俯瞰する。
赤い霧のカーテンのこちらにはリオ。向こう側にはカリルとナイトストーカーで姿を隠したフーラウ達がいる。同じくナイトストーカーで姿を隠しているシラハとチュラスの位置は計画通りならこちら側だろう。
赤い霧のカーテンを挟んで、オックス流の重装騎士五人と魔法使い二人がカリルと対峙する。ミュゼは首尾よく分断したリオに向き直り、これ見よがしに神玉と神鏡リィッペリを懐に入れた。
欲しければ戦って奪えと言いたいのだろう。
実力ではリオの遥か上のミュゼだが、一切油断していないのが表情で分かる。姿が見えないシラハを警戒しているのもあるだろうが、それ以上に神剣オボフスを持ったリオの厄介さを理解しているからだ。
ミュゼが剣を鞘ごと引き抜き、左手で鍔を、右手で鞘の中央を掴む。肩幅に開いた右足を後ろに引きながら、胸の前で剣を横倒しに構えた。
剣の刃を掴んで取りまわすハーフソードの技術に見えるが、鞘ごとというのがリオは気になった。
異伝エンロー流は何をしてくるか分からない。
ミュゼが真剣そのものの眼でリオを見据えた。
「自分は殺されないとでも思ってるのかい? 救世種の鍵は惜しいが、優先順位は雛の方が上だよ。早めに投降してくれれば、こちらも助かる」
「そのまま返すよ。投降してくれない?」
「そうか……。残念だ」
一瞬沈むようにミュゼが重心を落とした次の瞬間、リオは腹部に衝撃を受け、吹き飛ばされていた。




