第十一話 神霊化計画
神霊化計画。立案者はミュゼ。
内容は、シラハを神霊化させるための具体的な方法についての考察らしい。
リオはシラハを横目に見る。
流石のシラハも、今回ばかりは興味津々でファイルを覗きこんでくる。
「神霊化すれば、リオと一緒に村にいられる?」
「まぁ、神霊になればシラハが危険視されることもなくなるから、国に身柄を狙われることもないだろうけど」
神霊も神獣も、意図して成れるものではないはずだ。だからこそ、リィニン・ディアも救世種を作り出すべく魔玉をばらまく人海戦術を使っているのだから。
だが、ミュゼがただの願望を計画書としてまとめるわけもない。
リオは足元のふわふわした感触に気付いて目を向ける。
チュラスがリオを見上げていた。
「神霊化と聞こえた。我も興味がある」
「邪霊化しそうなんだもんね」
チュラスにとっての最優先事項は自身の邪霊化の阻止だ。神霊化の手順が分かれば得るモノも大きい。
リオは屈んでチュラスを肩によじ登らせて、全員に見えるようにファイルをめくった。
神霊化計画は、神霊となるシラハに神気を一体化させることを目標に組まれていた。
そのためには神気を集める道具が必要となる。その道具として、魔力を集めて魔法で新生物を生み出す魔玉の技術を一部転用し、神玉を作り出しているという。
神気で魔法陣を作動させられずに使い道がなかった神玉をシラハに混合すると書かれていた。
問題は、その混合する方法だった。
「……無理だろ」
リオが思わずつぶやくと、シラハ、チュラスが同時に頷いた。
計画書には邪神カジハの固有魔法である混合魔法に目をつけ、邪神カジハを討伐して邪器カジハを生み出し、シラハに神玉を混合すると書かれていた。
計画書にはさらに、魔法の効果が時間経過で消失する問題を解消するために神鏡リィッペリを使うとも書かれている。
「神鏡リィッペリって、どこかで聞いたような気がするけど、何だっけ?」
一緒に旅をしてきたシラハなら覚えているだろうと質問する。
シラハはほとんど考える間もなく答えた。
「サンアンクマユの資料室。神器邪器一覧にあった。効果は不明」
「――我は知っておるぞ」
得意げに耳をぴくぴく動かしたチュラスが、首に嵌った神器エレッテリの鈴を鳴らす。
「これを盗んだ際に見た。神鏡リィッペリ、効果は魔法の完全なる物質化である」
「それって、魔力の塊がシラハやチュラスみたいになるってこと?」
「少々異なる。我らは魔力で構築された身体を飲食物によって徐々に物質に置き換えておる。神鏡リィッペリは魔力で形作られた魔法をそのまま物質として顕現させるのだ。例えば……」
チュラスはカリルが腰に差している神剣ヌラを猫の前足で示す。
「その神剣ヌラで再現した光景を神鏡リィッペリは現実の物にしてしまう。椅子を再現すれば、この場に椅子が現れる。もっとも、生物は肉体のみ現実化し、死体として現れるであろう」
カリルがチュラスの説明を聞いて納得する。
「ようは魔法の永続化ができるってんだな。混合魔法を永続させて、シラハと神玉を馴染ませるわけだ。荒業だが、理屈は通ってんだよな」
作戦の要となる神玉、神鏡リィッペリは計画発案者にして責任者であるミュゼが管理者となっている。
だが、ミュゼも邪神カジハを討伐するのが最大の難関だと認識しているようだ。
計画書の最後では邪神カジハを討伐するための戦力を集め、過去の失敗にけじめをつけるべきだと檄を飛ばしていた。
計画書を読み終わったリオは複雑な気持ちでカリル達を見る。
今回の潜入作戦の目的は、リィニン・ディアとオルス伯爵の繋がりを示す証拠を発見することだ。証拠をロシズ子爵に任せれば、政治的な決着とリィニン・ディアの壊滅へと国が動き出す算段をつけられる。
決して、シラハを神霊化させる手段を手に入れる作戦ではない。
だが、シラハが平穏に生きるためにはここで神霊化の手段を手に入れなくてはならない。
「国が出てきたら、多分神玉も神鏡リィッペリも国の管理下に置かれると思う。俺たちが手に入れられるのは、いまだけだ」
「……気持ちは分かるが作戦中だ。私情は挟むな」
カリルは苦い顔で却下する。
リオの神剣オボフスがなければ脱出も難しい。戦闘になる危険を冒せる状況でもない。
リオ自身もわがままを言っている自覚はあった。
「分かってる。だから、いったん外に出た後で別行動を取らせて」
「リオならそう言うよなぁ」
予想していたらしく、カリルは難しそうな顔でファイルを見つめた後、小さく頷いた。
「仕方がねぇな。ともかく、ここの資料を探せ。帳簿でもあればオルス伯爵と繋がりが見つかるかもしれねぇ。御用商人を経由した迂回融資とかな。証拠が見つかり次第、一時ここを離脱して二手に分かれる。ラーカンル、フーラウ、それでいいか?」
カリルが意思を確認すると、ラーカンルが悔しそうな顔でリオとシラハを横目に見る。
「我々は騎士である以上、作戦遂行が第一になる。リオ達に協力したいが、私情を挟める立場ではない。証拠を持ってロシズ子爵領に戻ることになる」
「そんな顔をしないでよ。むしろ、神玉や神鏡リィッペリを盗み出したらミュゼが血眼になって追ってくるだろうし、領境で待ち構えてくれると助かる」
「邪神カジハの時といい、不甲斐なくてな……」
ラーカンルが心底悔しそうな顔をする横で、フーラウがカリルを見て肩をすくめた。
「冒険者にもメリットってあるもんだな。騎士に取り立てられれば勝ち組だと思ってたぜ」
「ロシズ子爵家で魔法斬りの指南役をやってた俺が一番良い所取りしてたみたいだな。それで、フーラウたちはどうする?」
「おいおい、確認する必要あるか? リオ達と一緒に喧嘩売るに決まってるだろ」
「そう来なくちゃな。決まりだ。証拠を急いで探すぞ」




