第十話 シラハファイル
シラハに関するファイルは事後報告書から始まっていた。
リオたちの村を襲った猿を観察していたリィニン・ディアのグループが猿たちに襲撃を受け、予備の魔玉を紛失したというものだ。
言い訳がつらつらと書き連ねられているところに人間味を感じるが親しみはわかない。こいつらのせいで村が酷い目に遭ったのだから同情もできなかった。
リオたちの村は辺境に位置し、余所者が非常に目立つ。猿の観察も魔玉の捜索も拠点なしでは難しいと結ばれている。
紛失した魔玉は行方知れずとなったが、その後に身元不明の少女が見つかったとの噂が広がり、リィニン・ディアが再度注目することになった。
「被検体名シラハ……。この時点で名前まで知られてたのか」
日付を見ると、シラハが保護された翌年の春頃の記述だ。ユードと模擬戦をした春祭り辺りの報告書だろう。
だが、直接の接触を図る前にロシズ子爵家の騎士団が村に駐屯し、猿への備えを始めたと書かれている。
図らずも、オッガン達が村に駐屯したことで猿だけでなく元凶のリィニン・ディアからも村は守られていたらしい。
報告書からすると、邪神カジハ以来の人型でありすでに村社会に適応しているシラハに、リィニン・ディアは強く興味を惹かれたようだった。
迷惑なことに、ロシズ子爵領で魔玉の実験を繰り返して騎士団を引っ張り出し、シラハの身柄を確保する作戦案が提示されている。
「最近、ロシズ子爵領でリィニン・ディアの活動が活発化しているのはこれが理由か」
リィニン・ディアでも、魔玉からどんな新生物が発生するのか分からないようだ。
シラハの魔玉を回収しようと村付近に捜索隊を出す作戦も同時に提唱されているが、ラスモアが騎士団を直接指揮して警戒網を構築しており、とん挫したらしい。
そうこうしているうちに、リオがシラハを連れて村を出て姿をくらませた。ロシズ子爵領を捜索するも足取りを辿れず、リィニン・ディアが焦っている様子が報告書からも読み取れる。
リィニン・ディアは緊急で各地に伝令を飛ばし、シラハの身柄を確保するように要請した。
リオは少し感心しながらファイルをめくる。
「伝令文までちゃんとファイルに収めてある。報告も連絡も相談もちゃんとやってるまともな組織に見えるなぁ」
「活動内容がダメ」
「まぁ、それはシラハの言う通りだけどさ。組織の機構はまともだよ。俺たちの村がこうなってたら、ラクドイ道場の件とかユードの件とか起きなかったんだから。俺も反省しないとなって」
シラハに話しながらファイルをめくっていたリオは、ファイルの終わり際で手を止める。
「救世種顕現計画の発案?」
見出しに大きく書かれた文字を読み、発案者の名前に目を細める。
「ミュゼ……」
シラハが呟いた通り、発案者にはミュゼの名前があった。
めくってみると、発案者であるミュゼがサンアンクマユでシラハを見つけた経緯、そしてリオが魔法を斬る場面を目撃したことが書かれていた。
冒険者ギルドの副支部長であり、実質的にサンアンクマユの冒険者ギルドを支配していたミュゼはリオとシラハの経歴をギルドの記録で調べあげたらしい。
結果、二人がリヘーランにて聖人ガルドラット誕生の場に居合わせたこと、神霊スファンがシラハに強く興味を示したことを突き止めた。
「件の被検体シラハは周囲に神気を発散する救世種の可能性がある、か」
謎だった救世種という言葉の定義を見つけ、リオは指先で文字列をなぞる。
リィニン・ディアの目的に繋がる一文だ。
「カリル、これを見て」
リオは救世種の定義が書かれているその一文を指さしてカリルに見せる。
カリルのそばにいたラーカンル達騎士組もファイルを覗きこんで深刻そうに顔を見合わせた。
リオが指さした一文には続きがあるのだ。
「リオが救世種の鍵、シラハが救世種の雛。シラハは分かるが、リオはどういうことだ? 何の関係がある?」
カリルが身振りでページをめくるように指示してくる。
リオはファイルのページをめくった。
それまではシラハについての報告だったが、今度はリオについての報告だった。
邪霊ナイトストーカーの固有魔法を斬った際の動きなどが詳細に記述されており、魔法斬りの理屈にまで切り込んだ考察が書かれている。
再現そのものはリィニン・ディアの人間も訓練すれば可能だとも書かれているが、その上でミュゼは文中でリオの有用性を力説していた。
『なによりも重要なのは、この少年には邪気への感受性が備わっていることだ。聖人ガルドラットの誕生に居合わせ、救世種の雛と行動を共にする以上、聖人となる可能性を秘めている。この少年が邪気そのものを斬る剣を編み出せば、救世種候補の邪気を斬り祓い、神霊化を円滑に進められる。これを以て、少年リオを救世種の鍵と呼称したい。必ず確保すべき人材である』
文字の乱れがミュゼの興奮を物語る報告書だ。
なにか昏い気配を感じて、リオは横を見る。表情を曇らせたシラハがファイルを睨んでいた。
シラハの表情の変化に気付かなかったカリル達が意見を交わす。
「つまり、リオもシラハも救世種ってのに必要な要素なんだよな。それで、救世種は神気を周囲に発散する新種族で、それを生み出すためにリィニン・ディアは魔玉を使って神霊を一つの種族として誕生させようとしている。まとめるとこういうことか?」
カリルが話をまとめてラーカンルに意見を問う。
ラーカンルは頷きながらも、リオが持つファイルに目を細めた。
「この資料に関しては持ち出すべきだ。国に接収されれば、リオとシラハの身柄が今度は国に狙われてしまう」
「同感だな。どのみち一級資料だ。ラーカンルが持っといてくれ」
「分かった。……うん? 続きがあるな」
リオからファイルを受け取ろうとしたラーカンルが気付いて、ページをめくる。
「神霊化計画……?」




