第四話 盤外の暗闘
突然オルス伯爵領に乗り込むと言われても、リオ達には目的が分からない。
リオは開けっぱなしだった窓を閉めながらカリルに質問する。
「もうちょっと経緯を説明してよ。俺やシラハが追いかけられてるのと関係があるの?」
「まぁな。人目を避けたいから夜に村を出るとして、時間もあるから説明するか。お前ら、オルス伯爵領に関してはどれくらい情報を集めた?」
「どれくらいと言ってもほとんど何も」
リオはこれまでを振り返ってみるが、オルス伯爵の名前が出たのは三回だけだ。
カリルが現役の冒険者時代、片腕を失うきっかけになった隠れ里で発見された魔玉が紛失した一件。
カリルが冒険者ギルドに預けた魔玉が、研究調査のために土地を治めるオルス伯爵家への移送中に賊の襲撃を受けて紛失している。
サンアンクマユの冒険者ギルドで副ギルド長になっていたミュゼのように、現地の冒険者ギルドにリィニン・ディアのスパイがいたのかもしれない。
次にオルス伯爵の名前が出たのはリヘーランでの一件。
ガルドラットとその主君であるナック・シュワーカーが騎士として仕えていたのがオルス伯爵家だ。
テロープの被害を受けるリヘーランの救援にオルス伯爵家が騎士を派遣している。税を納めているわけでもないリヘーランに救援を出すだけでなく、ナック・シュワーカーの墓を建てたりガルドラットの意思を尊重しつつ無駄死にしないように後処理をしていた。
最後が、現在の状況に繋がっている。ロシズ子爵家との良心派閥における内部抗争。
内部抗争と言っても直接の関係がない王家の騎士団の無派閥にいるトリグの証言だ。信憑性がやや乏しい印象だ。
三つの件を話すと、カリルはチュラスに声をかけた。
「チュラスはどうだ? ナック・シュワーカーがオルス伯爵家の騎士になったってことは、オルス伯爵領に住んでいたんだろ?」
「ふむ」
チュラスは思い出すように瞼を閉じて黙考し、考えをまとめてから話し出す。
「遠目に見る限りはやや独善的ながら善良な領主。市井の評判も人徳者として通っておる。騎士や衛兵の間でも、領内の治安維持に積極的な良い領主との評価であった」
「チュラスやナック・シュワーカーの見立てでは?」
「領内で魔玉が見つかる頻度、そこから発生する未知の知的生物の群れと迅速な対処から、我は少し怪しんでおった。当時はリィニン・ディアという組織もおぼろげにしか見えていなかったが、怪しい人物や集団の目撃情報を報告しても重要視されなかった。リィニン・ディアと繋がりがあるとは断言できなかったが、我は外から、ナックは内から調査を進めることに決めて分かれたのだ」
チュラスの話からもオルス伯爵と魔玉の直接的な関係性は見えてこない。
カリルはリオたちを見回して、自分の持つ情報を開示した。
「ラスモア様も、リオたちに任せてこの件を放っていたわけじゃない。独自に騎士を動かして調査に当たっていた。特に、村付近で見かけられた不審な集団についてな」
猿が村を襲った際、ラスモア率いる騎士団の到着によりこの村は救われている。
あまりにも早い騎士団の到着の裏には、周辺で目撃された不審な集団が関係しているとはリオも聞いたことがある。
「その集団ってもしかして、リィニン・ディア?」
「おそらくな。ロシズ子爵領は言ってしまえば辺境だ。流れてくる旅人も限られている。集団の追跡はそんなに難しくなかったそうだ」
「領内で邪獣が良く出るようになって、騎士が手いっぱいって話を聞いたんだけど」
「邪獣、実際には魔玉由来の邪霊だが、早期に対処してるおかげで被害はほとんどない。リィニン・ディアを追跡することで次の邪霊の出現場所を予測できるから、先回りしていることがほとんどだ」
カリル曰く、リオたちが旅に出てから領内で邪霊が出現したのは三回。どれも群が大きくなる前に制圧している。さらには邪霊になる前の段階で魔玉由来の生物を先んじて制圧し、魔玉を回収、研究まで行っているという。
「ラスモア様が領内をまとめている間、ロシズ子爵が王都にまで出向いて研究結果と資料としての魔玉も王家や各貴族家に共有していたそうだが、そこでオルス伯爵が出てきた」
当初、ロシズ子爵もオルス伯爵は味方だと思っていたらしい。
ロシズ子爵はオルス伯爵の評判も実績も加味して、庶民に対して不利益を及ぼすリィニン・ディアの存在を許さないだろうと協力関係を結ぼうとした。
だが、ロシズ子爵の下にラスモアから連絡が入った。
「ロシズ子爵領で活動している不審な集団の物資や資金源を探っていたオッガンさんが、集団が泊まった宿でオルス伯爵領の固有種の植物の種を見つけたらしい。そこで、現地に密偵を放って探ったところ、オルス伯爵領にリィニン・ディアの拠点があると分かった」
拠点が判明したとはいえ、他領では手が出しづらい。
特に、ラスモアはカリルが見つけた魔玉の紛失事件もあり、現地の冒険者ギルドを信用しきれなかった。
連絡を受けたロシズ子爵がオルス伯爵に協力を要請しようとした矢先、オルス伯爵がリオとシラハの身柄を確保するよう王家に奏上した。
「――えっ? 俺?」
カリルの話に目を丸くしたリオが自分を指さす。
「どんな大義名分があってそんなことを……?」
「単純だ。ロシズ子爵が共有した情報で邪神カジハが魔玉由来だってことは判明していた。そこに、オルス伯爵が出自不明のシラハが魔玉から生まれている可能性を指摘して、邪神の卵とみなすことで危険視したんだ」
論理的には筋が通っている。
リオはシラハを横目に見て納得する。
しかし、シラハは不思議そうに首をかしげた。
「なんで、私が出自不明だって知ってたの?」
他領、それも辺境の一寒村で身元不明の少女が見つかったことなどオルス伯爵が知っているのはおかしい。まして、魔玉と結びつけるのは論理が飛躍している。
「ロシズ子爵もそこを怪しんで、さらに王家も胡散臭さを感じたんだろうな。トリグ、だったか? その騎士を派遣してきたのも王家が疑心を抱いている証拠だろ」
「話は分かったけど、オルス伯爵はなんでそんなに焦ったんだろう?」
「リィニン・ディアとオルス伯爵が繋がってるんだろうよ。早い話が、魔法斬りと救世種ってやつを権力を使って確保しようとしたってわけだ」
リオの身柄はホーンドラファミリアも狙っている。裏組織同士では泥沼の争奪戦になりかねないため、公権力を使ったのだろう。
「オルス伯爵も、まさかリオがロシズ子爵と直接繋がりがあるとは思ってなかったんだろうな」
「まぁ、普通は考えないよね」
猿の襲撃から助けられたことくらいは調べられるだろうが、それ以上の情報を得るのは難しい。
辺境の村だけあって余所者に身内である村人のことをぺらぺら話したりはしないのだ。意図せず情報封鎖ができていた。
自分がいない間に事態は刻一刻と変化していたことを知り、リオは情報を頭で整理する。
「それで、この場のみんなでオルス伯爵領に行くのは、見つけたっていうリィニン・ディアの拠点を押さえるため?」
「そうだ。ラスモア様が現地に送った騎士や俺の伝手で集めた冒険者とも合流して戦力を確保する」
説明は終わりだ、とカリルは立ち上がり、剣を手に取った。
「ラスモア様から神剣ヌラを貸し出されてる。これだけでも、この作戦への本気度は分かるな? 気合い入れていくぞ」




