第十一話 動き出す邪神
のんびりと歩いてくるが、舗装された道はリオ達のところで止まっている。明らかに、リオ達を認識している証拠だ。
逃げられるなら逃げたいところだが、あんなものに無策に背を向けるのは危険すぎると本能が警鐘を鳴らしている。
身体強化を発動して戦闘に備えつつ、リオは近づいてくる邪神カジハを観察する。
若い男性に見える。小柄なリオから見て頭二つ分は背が高く、雑に切った茶髪が紳士的な顔に何故か似合っている。適当に見繕ったらしい衣服でさえ違和感なく着こなしているのは、圧倒的な存在感をカリスマと錯覚するからかもしれない。
歩く際の重心移動を見ると、武道の心得もあるようだ。
邪神カジハが村に入り、歩きながら声をかけてくる。
「おやおや、こんな辺鄙な場所に観光か? 物好きが極まってるねぇ。ん? 四人目がいるな」
いま存在に気付いたと言った様子でリオを見て、カジハはじろじろと観察するように上から下まで眺めた後、嫌味のない顔で笑った。
「そこの人間、魔力が外に漏れ出てないな。だから気付かなかったのか。無意識にやっているようだし……どんな荒行をしたのやら」
珍獣を見るような目を向けたカジハだったが、明らかに歓迎されていない空気を感じ取ったのだろう。誤魔化すように笑って空を仰いだ。
「いやぁ、いい天気だ! 日が暮れてしまうのが残念で仕方がない!」
軽く笑って、カジハはシラハが持つ邪剣ナイトストーカーへと目を向ける。
「君にとっては早く日が暮れて欲しいんだろうけどね?」
リオ達は揃って顔をしかめた。邪剣ナイトストーカーの能力がばれている。
日が暮れて夜になれば逃走の成功率も上がると踏んでいたが、それまで会話を引き延ばせるかも怪しくなってきた。
だが、カジハがナイトストーカーに言及したのは別の意図があったらしい。
「あいつは誰に討たれた?」
楽しそうに笑いながらの質問。
ナイトストーカーに対して仲間意識があるとも思えない表情だが、質問の意図がリオには読めた。
リオはカジハの表情を観察しながら答える。
「サンアンクマユで俺達が討った。数日前にな」
「四人で、討ったのか?」
「いや、俺とシラハ、そこの女の子だけだ」
「……ふふっ、そうか、そうか! それは無念だったろうなぁ!」
カジハが堪え切れないと言った様子で笑いだす。
不快感のある笑い方だった。
「あいつは珍しい邪霊だった! 才能がなく身を持ち崩した冒険者崩れの山賊たちのそばで生まれ、無才共に剣術を教わり、才ある者を殺す衝動持ちだった! そんなあいつが事もあろうに無才の権化のようなお前たちに討たれたか! 無念だろうなぁ!」
手を叩いて子供のように大声で嗤うカジハに、シラハが眉をひそめる。
「満足してた」
「……うん?」
笑いの余韻が残る顔で疑問符を投げかけたカジハに、シラハが続ける。
「満足して死んで、私たちにこの剣を託した」
「ほぉ、それはつまらんね」
興が冷めたと、カジハは真顔に戻る。
「しかし、妙な話だ。剣豪に惜しくも敗れたというのならば納得もするだろうが、お前たち如きに殺されて満足するとも思えん。勘違いではないかな?」
「勘違いってことにしたい理由があるの?」
「はっはっは、痛いところを突いてくる! しかし、誰でも同じだろう? つまらない結末よりも面白い結末を欲するものだ。あいつの気持ちが分からない以上、解釈は自由だとも」
身勝手な理屈で調子を取り戻したカジハが、「それに」とリオ達が出てきた窯を見る。
「らちの明かない水掛け論よりもよほど楽しい事実がここに存在する。だから気分が良くて仕方がない!」
リオはそっと、シラハの前に出て剣の柄に手をかける。背後でシラハが愛用の剣をいつでも抜けるように身構えた。
相手はリィニン・ディアの人間を殺し、一国を滅ぼした邪霊だ。それが楽しそうにしているのなら、自分たちに害があるとしか思えない。
カジハがリオ越しにシラハを見て、その足元のチュラスへと視線を移す。
「リィニン・ディアの魔玉で生まれたのだろう? 君たちの存在は奴らがいまだ挫折していない証拠となる」
喉を鳴らすように笑い、カジハは続ける。
「救世を謳い、命を賭して、結果はシュベート国の亡びだ。それでもなお、あいつらは折れていない。実に嬉しい事実じゃないか! 邪霊共で遊ぶのにも飽きてきたところだ。さっそく、心を折りに行こう」
にっこりと笑ってサンアンクマユの方角へと歩き出しながら、カジハはリオ達を横目に見る。
「教えてくれてありがとう。ついでに君たちの国が亡ぶだろうけども、きっかけを作った気分はどうかな?」
カジハが愉悦に目を細める。
「――貴様!」
イオナが神弓ニーベユを構える直前、リオはイオナの視線を抜き放った剣で遮った。
「優先順位が違う。ここでカジハに仕掛けるつもりなら俺がイオナを斬り殺す」
「なっ!?」
イオナが驚愕の顔でリオを睨む。
だが、リオの考えを読み取ったシラハも剣を抜き、イオナに向けた。
「仕掛けるなら、絶対に私たちがイオナを殺す」
「あなたまで……」
「――あぁ、冷静だなぁ」
カジハが落胆したような声で呟くとイオナもようやく気付いたようだった。
カジハの衝動は人を挫折させ、心を折り、無力感を与えること。
リオ達を煽ったのも、激高して向かってくるなら返り討ちにすれば良し、事態を伝えるためにサンアンクマユに走らせた上で町を滅ぼし、きっかけを作った自責の念を植え付けられればそれで良しという二段構えだ。カジハに仕掛けるイオナを見捨てて逃げるという選択肢でも、無力感を与えることになる。
ならば、最適解は仲間割れ。敵対すればイオナがどうなろうと、リオ達にはほぼ無関係だ。カジハの目的は未達成になる。
その考えをイオナが読み解けば、カジハの目論見は完全に崩壊する。もっとも、サンアンクマユの危機は変わっていないが。
踊らされていたことに気付き、イオナが悔しそうに歯を食いしばる。
チュラスがリオのズボンの裾を噛み、引っ張った。カジハの前で話す気はないのか、目で訴えてくる。
――動け、と。
リオはシラハに目配せする。阿吽の呼吸で、シラハが邪剣ナイトストーカーを発動した。
夕暮れ時ながら、邪剣ナイトストーカーはシラハの求めに応じて三人と一匹の姿を隠す。
一斉にサンアンクマユ方面へと駆け出すリオ達に対して、カジハは肩をすくめてサンアンクマユ方面へのんびり歩き出した。
「言うまでもないが、きっかけを生み出したことに変わりはないよ。せいぜい、足搔きたまえ」




