第六話 共闘成立
イオナが宿舎を訪問した翌日、リオとシラハは衛兵隊長を含む数人の護衛を連れて冒険者ギルドを訪問した。
ギルドには腕利きの冒険者たちが勢ぞろいしており、ギルドの入り口を守るように陣形を組んでいる。その対面にはホーンドラファミリアの武闘派がずらりと整列しており、最前列に邪人コンラッツを筆頭に何人かの邪人が揃っていた。
張り詰めた緊張感の只中に、リオは引きつった顔で乗り込むことになった。
「なんだか、住民の皆さんに多大な迷惑をかけてる気がする」
「大丈夫。もう住人はいない」
シラハがのんびりと言い返す通り、周辺の民家は死んだように静かだった。
ナイトストーカーが討伐されたとはいえ、ギルドの周辺はもう危険地帯と認識されてしまっているらしい。
「白面の襲撃まであったしなぁ。本当に申し訳ないや」
振り返ってみれば騒動の大半がリオとシラハを発端に起こっている気がする。
とはいえ、リオ達も被害者なのだ。謝るのも違うだろう。
気持ちを切り替えて、リオはにらみ合う両者の間に出る。
すでに待っていたイオナとギルドの職員がリオとシラハに目を留めた。
「早めの到着で助かります。敵対する気はないとはいえ、双方に立場がありますからね」
神弓を携えたイオナがそう言って、ギルド職員に誓約書を渡した。
ギルド職員がその場で誓約書を読み上げる。
内容は単純なものだ。旧シュベート国の領内へ潜入し、白面の施設を調査する。得られた情報は関係者全てに共有する。
白面による横やりを防ぐため、期間中はホーンドラファミリア、冒険者ギルドが総力を挙げて旧国境を守備し、あらゆる者の立ち入りを禁止する。
その他、こまごました取り決めを読み上げ、ギルド職員は誓約書を丸めた。
「異論はありませんね?」
最後の確認にすべての人間が頷き、期間中の協力関係が決定した。
すぐにギルドやホーンドラファミリアが動き出す。
イオナがリオに手を差し出した。
「改めて、よろしくお願いします」
意外にも細い指と腕だった。すらりと長く、爪は短く整えられている。
シラハが握手に応じようとしたリオの手首を掴んだ。
「協力はしても、信用しない」
そう言って、シラハがイオナを睨む。
イオナは苦笑して手を下ろした。
「嫌われたものですね。これまでを思えば当然でしょうけども」
イオナが弓を持ち上げる。
「先に話しておきます。神弓ニーベユ、射出した物に他者の視線を釘付けにする。または強制的に目を逸らす効果があります」
近くで見ると美しい弓だった。強靭な邪獣の骨に青い特殊金属のメッキが施された短弓で金属の表面に文字らしきものが刻まれている。
「芯材にしている邪獣の骨は魔玉由来と思われる新種の動物から変じた物を利用しています。短弓ですが芯材の強靭さもあって射程が広いので直線上に立たないよう注意してください」
「骨なのに曲がるんだね」
「メッキのおかげであまり見えないでしょうけど、板状の骨を重ねてあります。骨そのものも良くしなるので、この通り」
イオナが弦を引くと短弓が形を変えていく。本当に良くしなるようだ。
リオは周囲を確認して話を聞かれないように小声で話す。
「俺の武器は特注だけど何の効果もない、我流剣術に合わせた造りの剣だ。魔法斬りは身体強化の限界突破で余剰魔力を吐き出して、魔法の核を膨張させて斬ってる」
「身体強化の限界突破……。ウチの武闘派では無理でしょうね」
元々、既存剣術の才能がないことを前提とする技術だけあってイオナは困ったような顔をする。
だが、難民を母体とする組織だけあって、探せば才能の持ち主はいるはずだ。
「何なら、教えますけど?」
教えてしまえば、邪神カジハ討伐に自分が出る必要はない。そのつもりで持ち掛けたが、イオナは首を横に振る。
「いまから邪霊相手に戦えるまで鍛えようとすれば何年かかるか。貴方は自覚していないようですけど、その才能で邪霊を相手に戦うのは本来、自殺行為ですからね?」
魔法を使えない動物が相手ならばともかく、身体強化や固有魔法を使える存在を相手にするのならば身体強化の高い強化率が必須になる。
強化率が低ければ筋力にも大きな差が出る。子供が素手で猛獣に立ち向かうような行為だ。
そんな無謀な挑戦を技術だけで実践しようというのだから、自殺行為と評されるのも当然ではある。
「コンラッツ様が気に入ったくらいですから、あなた個人の武勇は一人前でしょう。ですが、同じことを他者に求めるのは酷です」
「まぁ、好きでもなければやらないと思うけど――シラハ、なんで剣を睨むんだよ。それと、お前の番だぞ」
シラハから自分の剣を隠しつつ、リオは自己紹介するよう促す。
シラハはイオナをちらりと見て、早口で自己紹介する。
「シラハ。魔法剣。邪剣ナイトストーカー。夜に姿を消す」
「いや、早い早い。もうちょっと補足があるだろうが」
こんな調子で大丈夫だろうかと不安になるリオの肩にひらりと黒猫、チュラスが飛び乗った。
大柄な猫だけあってそれなりに重い。
イオナがチュラスを見て嬉しさを隠しきれないように薄っすらと笑みを浮かべた。
「ふわふわで可愛い猫ですね。名前は?」
「我が名はチュラス」
「……へ?」
イオナが口を中途半端に開いて固まる。
もう話すんだ、とリオは肩に乗っているチュラスを見た。
チュラスはイオナの前で猫前足を振る。
「魔玉より生まれた者である。あまり表には出たくない故、内密に頼むぞ。我は神器の首輪エレッテリを持つ。すわ、戦闘とならば、お主の神弓と共に逃走の助けとなろう」
「あ、はい……」
思考が空回っているイオナは雰囲気にのまれてただ頷いた。




