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見切りから始める我流剣術  作者: 氷純
第四章 彼の日の騎士、此の日の人
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第五話  ほら、やっぱ猫だし?

 イオナが宿舎を出ていくと、入れ替わりに衛兵隊長が部屋に訪ねてきた。

 なんとも言えない複雑そうな顔で部屋に入ってきた衛兵隊長は扉を背にリオとシラハを順繰りに見た後、チュラスを見て面食らったような顔をする。


「なぜ、猫が?」


 思わず口を突いて出た質問なのか、衛兵隊長は気を取り直すように首を振ってリオを見た。


「話は聞かせてもらった。冒険者ギルドにもイオナの名義で依頼が出されているのが確認された」

「その前に、なんであの人が宿舎の中に入れたんですか?」


 警備体制が万全だからと、リオ達はこの宿舎を宛がわれている。しかし、ホーンドラファミリアの武闘派が堂々と入ってきてしまうのなら、いよいよこの町に安全な場所はない。

 衛兵隊長は言葉を選ぶように視線をさまよわせた後、口を開く。


「立場上、こういった発言は良くないのだが、衛兵隊だけでこの町の治安は守れないんだ」

「でしょうね」


 冒険者ギルドと協力してもなお、町はこの有様だ。

 治安を維持する範囲を限定し、裏組織の縄張りを自治に任せる形でようやくバランスが取れているのがこの町の実態である。

 事実、裏組織の一角であるホーンドラファミリアが抗争を繰り広げたことで町は機能不全を起こす一歩手前に陥った。

 衛兵隊長は悔しそうに頭を掻く。


「こんな町だ。相手がどんな組織であれ、話をしたいだけだと公的に出てこられると対応するしかない。そうしなくては、敵対することになってしまう」

「だとしても、事前に話を通してもらいたかったです」

「それについては申し訳ない」


 頭を下げる衛兵隊長を見て、リオは胸のモヤモヤを呑み込む。


「それで、イオナさん、というかホーンドラファミリアの目的は何だと思いますか?」

「言葉通り、邪神カジハの討伐が目的だろう。ホーンドラファミリアの最終目標は故国の奪還だ。そして、この町にとっても邪神カジハが討伐されるのならば全力で支援したいというのが本音だ」


 よほどの脅威と認識されているのか、衛兵隊長は支援すら表明する。本来は敵対的な立場にあるはずの衛兵隊長の発言とは思えなかった。

 リオはチュラスをちらりと見る。この猫ならば邪神カジハについても詳しそうだ。だが、衛兵隊長の前で話すつもりはないらしくそっぽを向かれた。

 衛兵隊長が続ける。


「食糧支援はもちろん、情報を持ち帰れば町からも報酬を出せる」

「戦力は?」

「隠密行動となると、我々はあまり役に立たない。この手の話は冒険者の管轄だが、いまは混乱しているからなぁ」


 指揮系統が混乱している今の冒険者ギルドが戦力を出せるはずもない。リオも期待していなかったため、すんなり引いた。


「冒険者ギルドを通さずに故郷へ手紙を送りたいんですけど、お願いしていいですか?」

「調査は命がけになるだろうからな。分かった。責任を持って請け負う」


 少々の勘違いを含みつつも衛兵隊長はリオの手紙を受け取ってくれた。中身を見られても大丈夫なように符丁で書かれた物だ。


「スファンの町に知り合いが滞在しているので、そこのギルドに預けてもらえば大丈夫です」

「そうか。ちょうど、今回の件で連絡をせねばならないから、一緒に持たせよう」


 衛兵隊長が部屋を出ていく。

 リオは扉を閉め、ため息をついた。


「大事になってきたね」

「邪神討伐は余計だと思う」


 シラハに睨まれて、リオも素直に頷いた。

 魔玉調査の目的からして、邪神カジハの討伐は関係がない。


「イオナさんに魔法斬りを教えてしまうのも手かな」


 奴隷の首輪を外せる危険な技術だが、すでに噂も出回っている。原理的には難しい技術でもなく、適性さえあれば再現可能だ。

 技術を広めてしまえば、リオがホーンドラファミリアに狙われることもなくなるだろう。彼らの目的は邪神カジハの固有魔法を無効化することなのだろうから。


「チュラス、邪神カジハの固有魔法って何?」

「詳しくは分からぬ。シュベート国を滅ぼした際には防壁が一瞬で消失し、身体強化を使えぬ子供たちが民家の壁に埋め込まれ、神器や邪器を除く武器が一睨みで消え失せたと聞く」

「身体強化は切らしちゃだめってことしか分からないね」

「七十年前の話だ。誇張も含まれ、当時を知る人間も少ない。まぁ、出会わぬようにするのが最善であろうな」


 もっとも、とチュラスはシラハを見る。


「我やシラハはある程度離れていても互いに存在を感じ取れる。魔玉から生まれた者は魔力の感受性が高い故であろう」

「邪神カジハもそこは同じってことか」

「うむ。我らがその存在を感じ取った時には、もう居場所が割れておる。即座に逃げた方が良かろう」


 逃げ切れるかは別にして、と付け加えるチュラスだが、こと逃走に関してはイオナが持つ神器の弓の効果は大きい。

 視線を固定する効果を持つあの弓は逃走の補助にうってつけで、攻撃の狙いもつけさせない。

 信の置けない相手とはいえ、今回ばかりは力になるだろう。


 自分に言い聞かせていたリオだったが、シラハがじっとチュラスを見つめているのに気付いて声をかける。


「チュラスがどうかしたのか?」


 シラハはチュラスを見つめながら首をかしげる。


「調査に出かけている間も普通の猫の振りするの?」


 道案内役のチュラスが普通の猫の振りをするのは無理だろうとリオも思う。

 チュラスが胸を張った。


「魔玉の効果をホーンドラファミリアに教えねば、調査の必要性も分かるまい。我の存在は魔玉の効果と危険性を伝えるのに効果的である。故に、あの女とは話そう」

「なら、調査前の買い出しでペット用の餌は買わなくていいね」

「うぬ……?」


 予想外のシラハの言葉に面食らったチュラスがリオを見上げる。

 リオはそっと目を逸らした。


「ごめん、俺もどうしようか迷ってた」

「お主ら、命の恩人にペットフードを与える気だったのか……」


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― 新着の感想 ―
[一言] ペットフードの概念がある、かなり文化的に成熟している?
[一言] チュラス=猫じゃないから人と同じ食べ物でいい気がする シラハもそうだし
[一言] 真面目な話、猫に人間用の食べ物与えるとまずいですし…素材的には問題なくても塩分とか色々問題多いですからね
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