不機嫌な勇者
「はううう……。全くつまらないわ。ここの洞窟の主は一体どうしたのよ」
勇者アリナは不機嫌であった。
何しろ、意気込んで洞窟に侵入したが、モンスターはほぼ出てこず。
2週間はかかるであろうと覚悟していた洞窟攻略は、たった1日でボスがいる部屋までたどり着いてしまった。
「まさか、主がおらず、封印を解除する石だけが置いてあるとは……」
戦士ダンテも残念そうにそう応えた。
自慢の剣を抜いてこの洞窟の主である巨大な銀狼を斬るつもりであったのにがっかりである。
「我らの力に驚いて逃げてしまったのではないか?」
そう大神官サラディンは言ったが、大賢者ユグノーは首を振った。
「封印の石は守っている主が死なないと具現化しないのじゃ。この洞窟の主、銀狼のロキは何者かに倒されてしまったと思われるのじゃ……」
「倒したって、一体誰が?」
勇者アリナはつまらなさそうにそう聞いてみたが、その問いに答えられるものはいない。
「はい、アリナ様、紅茶をお持ちしました」
ユートはアリナの前に置かれたカップに紅茶を注いだ。
お湯の温度と茶葉の量を慎重に吟味して最もおいしい成分を十分に抽出したお茶だ。
「う~ん……久しぶりのユートのお茶、リラックスできるわ~」
「アリナ様、おやつにチョコレートスコーンを用意しました」
ユートはそういうとテーブルに置かれたティースタンドにあるスコーンやケーキを勧める。
「ユート、わたしたちがいない間に何か変わったことはなかった?」
そうアリナは尋ねた。
この5台連結の地竜が轢く攻略ベースは、洞窟に行く前と何ら変わりはない。
特に問題が起きた様子はないが一応聞いてみたのだ。
「はい、アリナ様たちがお出かけになった後、野良モンスターが現れましたが樫の棒でやっつけました」
「あら、そうだったの……。ユートがやっつける程度の野良モンスターなら、ユグノーの魔物除けの術で寄り付かないはずだけど……。さてはサラディン、かけ忘れたようね。全く、出かける時に戸締りは忘れずにというでしょう」
魔物除けの魔法を戸締りと表現したアリナ。
「おかしいですね。確かに術はかけたのですが……」
アリナににらまれてサラディンはそう謝った。
かけたかもしれないが、いつかけたのか忘れてしまった。術の効果は無限ではない。
到着した時にかけていれば、途中で効果が薄くなり、野良モンスターが侵入してくる可能性はあったかもしれない。
「アリナ様、ユグノー様、全く問題ありません。とても、とても弱い野良モンスターでしたから」
「そ、そうなの……。ユートに退治されるくらいだから、この辺の野良モンスターも大したことはないわね」
「はい。アリナ様が力を使うまでもありません」
ユートはそう言って紅茶のお代わりを注いで回る。
昼下がりの日差しが柔らかく包んでいた。