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決意の3本目

「あいつ、何を飲んでるんだ?」


 ルーシーはそうクラウディアに聞いた。こんな質問を見た目12歳の魔導士に聞いたのは、クラウディアがそれについて何かしていそうだと直感したからだ。

 クラウディアはネロの行動ににんまりとしている。


「人間とはおもしろいものですわ」


 そう言った。少なくとも自分も人間だったはずだから、この言葉は少々おかしい。

 しかし、この魔導士は300年も生きているから、すでに人間ではないのだとルーシーは改めて思った。魔族ではないが、人間でもない存在だ。


「あの男は自分の命を投げうって、人を助けることを選んだようですわ」

「どういうことだよ?」


 ルーシーはやはりネロの予想外の戦いぶりにクラウディアが絡んでいるのだと確信した。


「あのポーションはバーサーカーになるポーション。一時的に無敵になるのですわ」

「バーサーカーポーション……」


 ルーシーはその薬を知っている。人間の能力を一時的に高めるものだ。

 ただ、副作用があって理性が低下し、判断力も落ちる。

 アイテムとしては使えないものだ。ただ、今の状況では有効であることは間違いがない。

 目の前の敵を撃破するという単純な状況だからだ。


「昔、仲間の神官よりこんな話を聞いたことがある……」


 クラウディアはこんな話をしだした。

 旅人が行き倒れていた。それを見つけたキツネとクマとウサギは、何とか助けようとした。

 キツネは持ち前の知恵を使って果物を手に入れ、それを旅人に与えた。

 熊は持ち前の力を使って魚を採って、それを旅人に与えた。

 しかし、ウサギはキツネのような知恵もクマのような力もない。悩んだウサギは自ら焚火の火の中に飛び込み、自分の肉を提供した。


「キモ……。自分を食わせるのかよ」


 ルーシーは話のえげつない結末に顔をしかめたが、クラウディアはこの話は人間の慈悲の心を表したものだと説いた。

 人間には「知恵」と「力」と「慈悲」がある。誰かのためになりたいと思うことは人間の本能の一つなのだ。


「そんなもの、人によるよ。慈悲深い人もいれば、慈悲もない奴もいる」


 下町で苦労してきたルーシーはそう吐き捨てるように言った。盗賊家業をしていたルーシーが出会った人間は、慈悲のない奴らが多かった。


「それはクラウも同じことを思うのですわ。そうなると目の前のあの人は慈悲深いということになりますわね」

「どういうことだ?」


 ルーシーは今一つ話が理解できない。バーサーカーポーションと慈悲になんの関係があるのだろうか。


「あの人にはこのポーションを飲めば、寿命が半分になると伝えて渡したのですわ。2本飲めばさらに半分。死ぬかもしれない。そして3本飲めば死ぬと」

「ひでえ……」


 ルーシーの知っているバーサーカーポーションにはそんな副作用はない。

 ネロは被災した村のために戦っている。勝って賞金を得るために2本目を飲んだということは、村人たちのために自分の命を差し出したということになる。

 実際は嘘だとしても、ネロは死ぬと理解していて飲んだのだ。


「おいおい、あいつ、3本目を飲むぞ」


 ルーシーはその光景に唖然とした。

 2本目を飲んでバーサーカーとなったネロはガーフィールドに激しい攻撃を加えた。

 ガーフィールドの防御壁は残り20まで低下した。防御壁のダメージだけではない。ガーフィールド自身もかなりダメージを追っている。

 バーサーカーの攻撃は防御壁をかなり無効化するようだ。そうでなければ、既に数値は0になっているだろう。

 ネロの防御壁も残り30となっていた。ガーフィールドが決死の攻撃をあてれば、0にすることは可能である。


「つまり……次の攻撃をあてた方が勝つ」


 2本目の無敵状態が切れたネロは、躊躇なく3本目を口にした。もう覚悟はできている。この試合に勝ち、村人に賞金を持って帰る。

 ベスト4に残った場合の賞金では村の復興には十分ではないが、それでも助かる。


「うがあああああああっ……」


 ネロは小瓶を捨てると空に向かって吠えた。そして膨らませた胸を両こぶしで叩く。

 観客は思わぬ好勝負に沸き立つ。絶対勝てないと思っていた村人の健闘。

 しかも、勝てるところまで来ている。

 戦いは華麗な技も目を見張るような必殺技もないが、逆に泥臭い殴り合いは見ていて興奮する。人間の本能だ。


「負けるかよ!」


 ガーフィールドは辛うじて立った。ダメージは足に来ているようで立つのがやっとである。それはネロも一緒のはずだが、ネロはとどめをさそうと近づいてくる。


「うがああああああああっ!」


 ネロはガーフィールドに殴り掛かった。

 ガーフィールドも拳を出す。

 相打ちである。

 先ほどの羅漢とダンテの試合と同じ展開だ。

 しかし、結末は随分と違っていた。

 ネロに当てたガーフィールドのパンチに威力がなく、ネロの放ったパンチはとどめになったからだ。

 競技場に横たわるガーフィールドには目もくれず、ネロは空に向かって吠えた。ネロの勝利が宣言されると共にネロも膝を折った。


(ああ……おらは死ぬだべ……)


 ネロは神様に感謝した。きっと、自分たちの窮状を知って手を差し伸べてくれたのであろう。

 あのウサギの着ぐるみ姿の人。昨日の黒髪の女性。あれは神様の使いだと思った。

 ネロは両手を合わせて天に祈った。


(神に感謝します)


 気を失ったネロ。


「ふん……。あなたが感謝すべきなのは神じゃない。ユート様とクラウよ」


 クラウディアは興奮して大騒ぎする観客に背を向けて競技場を後にした。

 きっと目が覚めたネロは、自分が死んでいないことに驚き、再び、神に感謝するだろう。

 但し、ガーフィールドとの死闘でネロは重傷を負っていた。腕も足も複数の骨折。

 バーサーカーポーションによって、痛みもなく、そして動かすこともできたが、その効果が切れればダメージは残る。

 次は決勝をかけた勇者アリナとの戦いであるが、棄権するしかないだろう。


 ネロの戦いは終わった。


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